(パパっと用意するってことは、厨房もカグラちゃん一人で回してるってこと?)

 心配になった私は「雅弥、雅弥」と呼んで、

「お店のことには携わってないって言ってたけど、この店はカグラちゃんが一人で切り盛りしてるの?」

 雅弥は手にしていた文庫本から一瞬だけ視線を上げ、

「カグラと、もう一人いる」

「もしかして、その人も神サマとか?」

「……気になるのなら、直接聞いてきたらどうだ。どうせ、奥にいる」

「えー……お仕事の邪魔したくないし」

「俺の邪魔はいいのか」

 だってあなたのソレは"仕事"じゃないでしょ。
 そう告げようと口を開いた刹那、

「ええ!? なんだって!」

 突如轟いた、驚いたような男性の声。
 続くようにして、「あっ! 行くならちゃんと終わってからだからね!」と叱咤するようなカグラちゃんの声がして、それから途端に静かになった。

(今の声って……雅弥の言ってた、もう一人の方の声だよね)

 カグラちゃんと同じように、狐さんなのか。
 それとも、雅弥みたいに神様やあやかしをよく知る、人間なのか。
 姿の見えない男性の素性を空想しては打消していると、程なくしてバタバタと駆け足で向かってくるような音がした。

 ん? と思った矢先。上がり口に、息を切らした白衣の男性が現れた。
 目尻が下がった、優しい風貌の人だ。歳は私より上だと思う。
 高い位置にある頭に手を伸ばし、白い和帽子をとると、アッシュグレーに染められた短髪と、両耳に一つずつ付けられた黒いピアスが現れた。
 つい、およ、と若干身構えると、彼は申し訳なさそうに眉尻を下げて、

「すみません、突然、押しかけてしまって。カグラちゃんから雅弥様のパートナーとなった方みえたと聞いたので、ご挨拶をと思いまして」

「え? パートナー?」

「……カグラのやつ」

 重々しいため息を吐き出した雅弥は、即座に「違う」と否定してくれたけど、男性はきょとりとした顔で、

「一緒にのっぺらぼうさんの困りごとを解決してあげる、"パートナー"様ですよね?」

 ああ、そういう意味。
 納得した私が「はい、そうです」と答えると、男性は「ほら、やっぱり!」と笑顔を咲かせて、

「俺はここで主に厨房を担当している、宇賀原渉《うがはら わたる》と申します。どうぞ、お見知りおきを」

 差し出された右手をとって、私も「柊彩愛です。お世話になります」と握手を交わす。
 それからいてもたってもいられず、

「その……気を悪くされたらごめんなさい。宇賀原さんはヒトですか? それとも……」