雅弥は一瞬、理解できない言語を耳にしたような顔をした。
 その顔がなんだか普段より幼く見えて、あ、ちょっとカワイイかもなんて思っていると、雅弥は即座に眼光を鋭くして、

「ふざけるな。どうして俺がアイツと」

「どうしてって、二人がお付き合いされている理由なんて私が知るはずないでしょ。ただ、もしそうだったなら、誤解ないようにキチンと説明しないと……」

「誤解? なんのだ」

「だって、急に女が尋ねてきたら、疑う可能性だって無きにしも非ずってやつだし。あ、しかも私、"雅弥"って呼んじゃってるじゃん!」

「だから、なんの話だ」

「もー、わからないの? アナタが浮気してるんじゃないかとか、私がアナタに気があるんじゃないかとか、色々あるでしょ!?」

「……あっはは!」

 耐え切れない、といったように上がった笑い声に振り返る。
 と、お冷とおしぼりが乗ったお盆を片手に、先程の少女がもう片方の手をお腹にあてて、

「ごめっ、その……おもしろ過ぎて……っ、ちょっと、ドツボかも」

 ひーひー笑いながらローヒールの靴を脱いだ彼女が、畳を進んで机横に膝をついた。

「あー、こんなに笑ったの久しぶり! はい、これお冷とおしぼりね」

「あ、ありがとうございます……。あの、ごめんなさい、初対面であまり詮索するのも失礼だとは思ったんですけど……」

「ううん、ぜーんぜん大丈夫だよ。ねえ、雅弥? ホント、いい子を連れてきたねえ。えらいえらい」

「…………」

 前方から恨みがましい視線が、氷柱(つらら)のように突き刺さってくる。
 なによ。私、べつに間違ったこと言ってないでしょうが。
 むしろ親切心なんだけど!
 心中での抗議が伝わっているのか否か。わからないけども、少女はにこやかに小首をかしげて、

「とんだ"じゃじゃ馬"だって言うからどんな人が来るのかと思ったけど、さいっこうだね! ボク、気に入ったよ」

(ちょっと、どんな説明したのよ!)

 今度は私が非難がましく雅弥を睨みつける番だ。
 けれども雅弥はひるむことなく、ふてぶてしく腕を組んで睨み返してくる。

 まさしく、両者一歩も引かず。
 ぶつかり合う視線の中間あたりで、少女が「はいはい、そこまで!」と手を叩いて無言の決闘を断ち切った。
 私に向き直って姿勢を正すと、ニコリと笑みを浮かべる。

「今後のこともあるし、ちゃんと自己紹介しておかないとね。ボクは暇つぶしにここで働いている、カグラだよ。この家の裏庭にある祠に憑いている、白狐なんだ」

 ……ん?
 なんかいま、さらっと重要事項を伝えられたような。