「……本当に、来たのか」

「だって、そういう約束だったじゃない」

「一晩寝て頭が冷えれば、考え直すかもしれないと期待していたんだが」

「ちょっと……まさかそーゆー魂胆(こんたん)で私を帰したわけ? 初耳なんだけど」

「いま言ったからな」

 当たり前だろう、とでも言いたげな、どこか哀れんだ双眸が向く。

(こ、い、つ…………っ!)

 衝動的な苛立ちにうっかり拳を握った刹那、

「こーらあー、雅弥! お客様には愛想よくしなさいって、いつもいってるでしょ!」

 ぷりぷりとした擬音をまき散らしながら頬を膨らませた少女が、腰に手を当て雅弥を叱咤するも、

「コイツは客じゃない。話しただろう」

「でもこれから一緒にいることが多くなるんだから、失礼な態度とったら駄目でしょ!」

 少女が「め!」と人差し指をたてると、不満げながらも、口を噤んだ雅弥。
 そのあまりの親し気……というか、雅弥の懐柔っぷりに、これはもしかして……とある可能性を弾き出していると、

「ごめんねー。雅弥って、昔っから口悪くて! そういう生態だと思って、気を悪くしないでね?」

 いまお水持ってくるね、と綺麗なウインクを残して、少女は座敷のさらに奥の通路を進んでいってしまった。
 長い暖簾のかかるその先が、厨房らしい。通された以上、このままここで立っているわけにもいかず、私はパンプスを脱いでお座敷に上がった。
 あるのは雅弥のいる四名席のみ。雅弥は壁に近い、奥の左端を陣取っている。

 私は少しだけ迷ってから、手前側の、雅弥とは対面にはならない方の座布団に腰を落とした。
 雅弥は私がどこに座るのかなんて興味もないようで、再び本を追っている。布製のブックカバーがかけられているから、なんの本なのかはわからない。

 机上には焼き物の湯呑みと、揃いの急須がひとつ。
 となると雅弥は従業員としてではなく、"客"としてここに座っているということ。

(……ここ、雅弥のバイト先でも、祓い屋のお店でもないんだ)

 昨日の今日だし、ここでお茶でも飲みながら依頼料の話をして、それがまとまってからお葉都ちゃんと会える場所に移動するって計画なのかもしれない。
 契約、お金の話。うんうん、どちらも大事なこと。
 いろいろと聞きたいのは山々だけれども、ひとまず私は一番に大事なことを確認しないといけない。

「……ねえ、あのさ」

 声をかけた私に、雅弥がうっとおしそうに視線だけで私を見る。
 私は少し声を潜めて、

「ぶしつけで悪いんだけど、もしかしてさっきの店員さん、雅弥の恋人だったりする感じ……?」

「……は?」