震えてた冷たい掌に、力がこもる。
彼女は伏せていた面を上げ、
「救って頂いたこの命に誓って、決して貴女様に危害を加えないとお約束致します。証明するすべも、お渡し出来るモノも何一つありませんが、どうか私を信じ、お手伝い頂きたいと請う卑しさを、許して頂けますでしょうか」
もしも今、彼女に顔があったのなら、私を見つめる懇願に潤んだ瞳の美しさに、きっと目を奪われていたのだと思う。
うん、やっぱり。彼女に私の"顔"は似合わない。
私は顔だけで背後の男を見遣り、
「ねえ、いいでしょ? 頷いても。同行代として、依頼料も払うから」
お願い、と。
これだけは譲れないのだと頭を下げると、腹の奥底から湧き出たような盛大な溜息が聞こえた。
「…………勝手にしろ」
「やった! ありがとうー!」
飛び上がる調子で両手を夜空に跳ね上げた私は、そのまま彼女を抱きしめる。
「一緒に素敵な"顔"を作りましょ! これからよろしくね、ええと……あやかしって、お名前あるの?」
「はい。ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。私は、お葉都≪はつ≫と申します」
「えー、素敵。お葉都ちゃんね。私は柊彩愛。あやかしとお友達になれるなんて、夢みたい」
ここ最近、ついていないことばかりだと思ってたけど、まさかこんな素敵なサプライズが待っているなんて。
俄然、テンションの上がってきた私はこのままお茶でもどう? とお葉都ちゃんを誘いそうになって、はたと気が付いた。
すっかり大人しく、心ここにあらずといった様子でどこか遠くを見つめる男の側に寄る。
「……なんだ」
呟く声は心なしか、疲れているような気もする。
「名前、教えてよ。これから暫くの付き合いになるんだし」
「……御影雅弥だ」
「それじゃあ、御影さん。私とお葉都ちゃんの護衛として、何卒よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、たじろいだような気配がした。
経緯はどうであれ、けじめはしっかりと。その挨拶のつもりだったのだけど、どうやら彼にとっては、意外だったみたい。
ひっそりと笑みを零した私は「あ、そうだ」と顔を上げて、
「依頼料とか、その辺の話も聞かないとよね。どうしよ、いつまでもここで話していたらご近所迷惑だし、ひとまず私の家にでも……」
「……雅弥でいい」
「……え?」
「じゃじゃ馬に『御影さん』などと呼ばれると、むずむずする」
「ちょっと、何よじゃじゃ馬って失礼な」
「事実だろ。ことごとく好き勝手して、妨害しやがったのは誰だ?」
「あーはいはい、すみませんね。じゃ、遠慮なく『雅弥』って呼ばせてもらいますよ」
ふん、と雅弥が鼻を鳴らしたとほぼ同時に、「ふふっ」と笑う声がした。お葉都ちゃんだ。
私達が視線を向けると、
「お二人とも、まるで夫婦のように仲がよろしいのですね」
「「どこが」」
意図せず重なってしまった声が、星の瞬きに消えていく。
こうして私は夜空の下、生まれて初めてのあやかしと素性の知れない祓い屋と、奇妙ながら胸の高鳴る"ご縁"を結んだのだった。
彼女は伏せていた面を上げ、
「救って頂いたこの命に誓って、決して貴女様に危害を加えないとお約束致します。証明するすべも、お渡し出来るモノも何一つありませんが、どうか私を信じ、お手伝い頂きたいと請う卑しさを、許して頂けますでしょうか」
もしも今、彼女に顔があったのなら、私を見つめる懇願に潤んだ瞳の美しさに、きっと目を奪われていたのだと思う。
うん、やっぱり。彼女に私の"顔"は似合わない。
私は顔だけで背後の男を見遣り、
「ねえ、いいでしょ? 頷いても。同行代として、依頼料も払うから」
お願い、と。
これだけは譲れないのだと頭を下げると、腹の奥底から湧き出たような盛大な溜息が聞こえた。
「…………勝手にしろ」
「やった! ありがとうー!」
飛び上がる調子で両手を夜空に跳ね上げた私は、そのまま彼女を抱きしめる。
「一緒に素敵な"顔"を作りましょ! これからよろしくね、ええと……あやかしって、お名前あるの?」
「はい。ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。私は、お葉都≪はつ≫と申します」
「えー、素敵。お葉都ちゃんね。私は柊彩愛。あやかしとお友達になれるなんて、夢みたい」
ここ最近、ついていないことばかりだと思ってたけど、まさかこんな素敵なサプライズが待っているなんて。
俄然、テンションの上がってきた私はこのままお茶でもどう? とお葉都ちゃんを誘いそうになって、はたと気が付いた。
すっかり大人しく、心ここにあらずといった様子でどこか遠くを見つめる男の側に寄る。
「……なんだ」
呟く声は心なしか、疲れているような気もする。
「名前、教えてよ。これから暫くの付き合いになるんだし」
「……御影雅弥だ」
「それじゃあ、御影さん。私とお葉都ちゃんの護衛として、何卒よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、たじろいだような気配がした。
経緯はどうであれ、けじめはしっかりと。その挨拶のつもりだったのだけど、どうやら彼にとっては、意外だったみたい。
ひっそりと笑みを零した私は「あ、そうだ」と顔を上げて、
「依頼料とか、その辺の話も聞かないとよね。どうしよ、いつまでもここで話していたらご近所迷惑だし、ひとまず私の家にでも……」
「……雅弥でいい」
「……え?」
「じゃじゃ馬に『御影さん』などと呼ばれると、むずむずする」
「ちょっと、何よじゃじゃ馬って失礼な」
「事実だろ。ことごとく好き勝手して、妨害しやがったのは誰だ?」
「あーはいはい、すみませんね。じゃ、遠慮なく『雅弥』って呼ばせてもらいますよ」
ふん、と雅弥が鼻を鳴らしたとほぼ同時に、「ふふっ」と笑う声がした。お葉都ちゃんだ。
私達が視線を向けると、
「お二人とも、まるで夫婦のように仲がよろしいのですね」
「「どこが」」
意図せず重なってしまった声が、星の瞬きに消えていく。
こうして私は夜空の下、生まれて初めてのあやかしと素性の知れない祓い屋と、奇妙ながら胸の高鳴る"ご縁"を結んだのだった。