(なんだか私も、仕草と声の雰囲気でわかるようになってきたかも)

 嬉しさ半分、面白さ半分。
 そんな私の能天気さを払拭するかのように、彼女が不意に、折り畳んだ膝上の背をすっと伸ばした。
 路地のアスファルトに揃えた指先をつき、うやうやしく頭を下げる。

「この度は私の身勝手な振る舞いにより、ご迷惑をおかけしてしまって、大変申し訳ございませんでした。そればかりかこうしてお話まで聞いて頂き、礼まで告げていただけるなんて、私はもう、充分に救われました」

「え? なに、どうしたの急に改まって?」

 ゆったりと(おもて)を上げた彼女は慌てる私を見上げ、諭すような声で、

「祓い屋様のおっしゃる通り、私は隠世法度を破りました。あちらに戻ったところで、投獄される身。ならばここ斬り捨てて頂くほうが、父や一族にかける迷惑も少なくすむでしょう」

「そんな……っ!」

「焦がれていた貴女様とお話出来て、嬉しゅうございました」

 そこにはない二つの瞳が、私を映して細んだ気がした。
 彼女の(おもて)が微かに傾く。
 私ではなく、男に向いたんだ。私がそう認識すると同時に、彼女は再び頭を下げ、

「お時間を頂き、ありがとうございました。お手間をおかけしますが、何卒よろしくお願い致します」

「……ふん」

 男が静かに歩を進め、彼女の頭前に立つ。
 と、なんの躊躇いもなく、これで終いだとばかりに刀を振り上げた。

 ――斬られる。

 その目の冷たさに察した私は、「っ、駄目!」と駆け出し、彼女の身体に覆いかぶさった。
 背後から、低く冷たい声が届く。

「……望み通り、話は聞いただろう。いい加減、仕事の邪魔をするな」

 正直、ちょっと怖い。
 だって背後にはよく知らない男の持つ、明らかに"命を奪う"刃が振り上げられているのだから。

 けれどもなぜだか、この男はきっと、私を傷つけないだろうという確信が強くある。それは腕の中の彼女にも。
 だから私は顔だけで男を振り返り、睨み上げた。

「アナタ、間違ってるわよ」

「……なんだと?」

「だってこのあやかしは、何も悪いことをしていないんだもの。これで斬ったら冤罪よ冤罪。そんな大失態が知られたら、祓い屋稼業なんて一発で終わりなんじゃない?」

「……なに?」

 男が微かな戸惑いを浮かべた。
 その瞬間を狙って、私は今だと畳みかける。

「このあやかしが斬られる理由って、その隠世法度とかいうルールの、"いかなる理由があろうと、ヒトに危害を与えない"ってのを破ったってことなのよね?」

「……そうだ」

「なら、やっぱりおかしいわよ。だってこのあやかし、私に何も危害を与えてないじゃない」