不安げな声になってしまった私に、彼女は呆気に取られたような素振りをしてから「それが少々、違ったのです」と袖を上げころころと笑った。

「その隣を得たいという感情ではなく、あのお二人を見て、"顔"があることを羨ましいと思ったのです。愛しく見つめ合える目が、じゃれ合える鼻先が、愛に笑み、分かち合える唇が。私には、どれ一つありません」

 彼女はそっと、口のない"顔"に指で触れた。

「途端に、私は自身の"顔"が酷く惨めなものに思えてきました。私も"顔"がほしい。隠世に戻ってからもその想いは日に日に増していき、私はとうとう、"化け術"を学ぼうと決めたのです」

 ですが、と。彼女は弱々しく首を振る。

「私の場合、そもそもの"顔"がありませんから、化けるにしても、"ヒトとしての顔"を一から造らねばなりません。私は師匠を探す前にと、ヒトとしての"顔"を決めるべく、父の目を盗んで現世に参りました。ですがやはり"顔"のない(おもて)が当たり前だった私では、どんな"顔"が良いのかさっぱりわからなかったのです。そうして途方に暮れていたある夜、私の前を、貴女様が通り過ぎました」

 少し伏せがちだった彼女の(おもて)が、私に向く。
 つるりとした曲線が、街頭を反射し青白く艶めいた。

「これまで見た誰よりも美しく、愛らしお顔。そして何より――たっぷりの怨恨を纏った、かぐわしいお顔」

 どこかうっとりと告げた彼女の言葉に、思わず「え?」と驚愕が漏れる。
 私は咄嗟に自身の頬を両手で包んだ。

「うそ!? 私の顔、怨恨なんてついてるの!?」

「ええ、主に女の嫉妬の気が。それも、お会いする度に濃くなっておりますから、おそらく身近な方のものではいかと。心当たりはございませんか?」

 私の"顔"に嫉妬する、身近な女性。
 連想ゲームさながら、ぽんと浮かんだ顔。
 ああ、うん。私は盛大に溜息を零す。

「あるわ……心当たりどころか、正解引き当てたはず」

「私が言うのもなんですが、恨みつらみといった陰の気は、私達あやかしや"良くないモノ"を惹きつけやすいですから。可能でしたら、お早めに対処された方が良いかと」

「そうなんだ……。ありがと、善処するわ」

「ふふ、あやかしに礼だなんて、お優しいのですね」

 着物の袖で無い口元を隠し、彼女が笑う。
 きっと顔があったなら、とても優しい微笑みに違いない。