ポンポンとその腕を軽く叩いて腕を放した私は、「ねえ」とのっぺらぼうを見遣り、

「私の顔を借りたいって言ってたけど、どうやって借りるつもりだったの?」

 途端、のっぺらぼうは「それは……っ!」と食い気味に、

「私達あやかしは元々"化ける"能力を持たない種族でも、学べば姿をヒトに変える"化け術"を会得できます。その術を使った際に貴女様のお顔をお借りしたく、こうしてお願いに参ったのです」

「え、すごい。そんなこと出来るんだ」

 ていうか、あやかしって皆が皆、化けれるワケじゃないんだ……。
 初めて知ったあやかし事情に思わず感心の声を上げると、すかさず背後から、「でたらめだ」と厳しい声が飛んでくる。

「え? 嘘なの?」

 男は眉間の皺をますます深くして、

「……確かに"化け術"を会得するあやかしは多い。あやかしが異質として迫害され、現世(うつしよ)から追われるようになってからは、特にな。だが――」

 男は睨むようにしてのっぺらぼうへと視線を投げ、

「オマエ達『のっぺらぼう』は、未だにほとんどが"化け術"を必要としていないだろう。なんてったって、アンタんとこの長は娘を人間の男に取られて以来、現世(うつしよ)を嫌悪しているからな」

「へえ、詳しいのね……。それってやっぱり祓い屋だから?」

「……色々あるんだ。アンタには関係ない」

 向けた刀はそのままに、男がぷいとそっぽを向く。
 すると、のっぺらぼうは弱々しく「……ええ、その通りでございます」と首肯し、

「私達のっぺらぼうは古くより"顔がない"ことを美徳とし、誇りとする風潮が根強く残っております。ゆえに種族間……『のっぺらぼう』同士で婚姻関係を結ぶ場合が多く、私もまた、父によってあるのっぺらぼうとの縁談を用意されておりました」

 ――縁談。すなわち、お見合い。
 似た境遇に同情心が湧き、「……望まない縁談を、無理やり?」と尋ねると、

「いいえ。自分で良いお相手に巡り会わない限り、いつかはそういう日が来るのだと、ずっと、わかっていましたから」

 女は苦笑するような声で、首を振った。

「私達は顔がないため、声や仕草で感情を表現し、相手の個を量ります。そのため自ずと嘘には敏感になるのですが、お相手の方は、それはそれは誠実でお優しい方でした。父はたいそう気に入り、私もまた、そのお方と巡り会えた幸運に感謝したのですが……言葉を、逢瀬を重ねるにつれ、些細な違和感に気が付きました。まるで、何かを振り切るべく、必死に私を好こうとしているように思えたのです」

 話す彼女は少しだけ顔を伏せ、「そこで、身を引いておけばよかったのです」と呟いた。