「ちょっ、ちょっと。そんなもの向けたら危ないじゃない……っ!」

「危ない? 自分が取り込まれそうだったというのに、随分とおめでたい思考だな」

「はあ!?」

「いいか、アレはあやかしだ。『のっぺらぼう』と言えば、アンタにもわかるだろう。そしてこの刀は、『祓え』の力を持つ妖刀だ。……一度関わってしまった以上、仕方ない。俺は俺の仕事をする」

「し、ごとって……」

 男は刀を構えたまま、眼だけを私を寄こし、

「俺は、祓い屋だ」

「はらいや……?」

 呆然と繰り返した私の声に重なるようにして、「ひっ」と怯えた悲鳴が聞こえた。
 顔のない――のっぺらぼうの女だ。
 恐れるように身体を震わせたかと思うと、「ちっ、違います……!」と両膝を折って地に脚をついた。

「取り込もうだなんて、そんな滅相もございません……! 私はただ、あの方のお顔をお借りしたかっただけで……!」

「奪うつもりだったんだろう? それを"取り込む"と言うのだと、隠世(かくりよ)で一度は聞いた事が……」

「お願い致しますっ! どうか、話を……!」

 のっぺらぼうの女が、祈るようにして手を組み合わせる。
 けれども祓い屋だという男は、「御託はいい」と歩を進めると、そのまっさらな(おもて)に刀の先を向け、

「"いかなる理由があろうと、ヒトに危害を与えない"。隠世法度(かくりよはっと)にそうあるはずだ。お前は取り決めを破った。よって重罪犯として、大人しく祓われるんだな」

 後悔は、勝手にひとりでやってろ。
 そう冷たく言い捨てて、「どうか、どうか……!」と繰り返す女を眼下に、男は刀の柄を両手で握り込めた。

 ――いけない!
 私は咄嗟に駆け出し、男の腕にしがみつく。

「ちょっと、待ってよ!」

「……邪魔だ」

「そりゃそーでしょうね、邪魔してるんだから!」

「……離せ。逃げられたら厄介だ」

「嫌よ」

「なに?」

 私はぐっと顎を上げ、男を睨めつける。

「だって、私が手を離したら、あんた、そののっぺらぼうを斬るんでしょ」

「……斬り捨てなければ、"祓え"ないからな」

 ――本気だ。
 悟った私は、ますます腕に力を込める。

「ってことは、その"祓う"ってのは命を奪うってことなんでしょ? だったらちゃんと話を聞いてあげなさいよ。あんなに違うって、お願いしてるじゃない」

「……あやかしは、簡単に嘘をつく。ヒトを(たばか)り、惑わすのも上手い。話しなど聞いたところで時間を無駄するか、逃げられるかのどちらかで」

「はいはい、そんだけ猜疑心(さいぎしん)が強けりゃアンタは騙されないでしょ」