「ええと、平気よ平気。うん。もうちょっと休んだらすぐに――」

「……だから、どうしてアンタはそう、ひとりで強がるんだ」

「えっ」

 近い声に顔を跳ね上げる。
 いつの間にか眼前に立っていた雅弥は、先ほどまでの剣呑さを消して、呆れたように息をついた。

「そんなに俺は信用ならないか」

 なんだか以前にも、同じセリフを聞いたような。

「まっさか。ていうか、答えをわかってて訊いてるでしょ、それ」

「……そうだな。だがアンタは、いつだって想像の斜め上をいくだろう」

「ウソ、本気で疑ってるの? ならこれからみっちり雅弥への信頼度を言葉にするから。ええとまずは――」

「いい。必要ない」

 "薄紫"、と告げて鞘に納めた雅弥は、ペーパーナイフの姿に戻ったそれを帯に挟んだ。
 と、しゃがみ込みながら私の腕を引き、自身の肩を寄せて、背に私を引き寄せる。

「え、ちょっ!?」

「……横抱きでは、何かあった時に手が使えないから、こっちにしてくれ」

「違う違う、姫抱きがいいとかそーゆーことじゃなくて!」

「なら、なんだ。歩けないのだろう」

 肩越しの視線が、さっさと乗れと告げ来る。

(ええと、まあ、本気で力入らないんだけどね? けどこう、いきなり密着体制ってのも、心の準備がいるというか?)

 いや、なんか、他意があるとかそういうことではないんですけど。
 雅弥もレスキュー的な意味合いでしかないって、わかっているけども!
 ただ記憶にある範囲では、誰かに背負われるのってお父さんが最後だからというか。

「……お、重いかもよ」

 混乱に跳ねる心臓を意識しながら、お決まりの常套句を告げると、雅弥は不可解そうに眉根を寄せ、

「成人を背負うのだから、重いに決まっているだろう」

「……そーですね」

 あ、うん。そうだよね雅弥はこういうタイプ!
 途端にすっと頭が冷え、混乱の糸が解けた。
 私は眼前の背中にもたれるように体重を預け、

「んじゃ、よろしくお願いしまーす」

「……やっぱり訳が分からないな、アンタは」

 嘆息交じりに私の太もも下に手を回した雅弥が、「揺れるぞ」と呟き立ち上がる。
 子狐ちゃんはぴょいんと私の肩に飛び乗ってきた。
 誰もいない石畳の上を、雅弥が歩き出す。

「……ごめんね。迷惑かけちゃって」

「……アンタが俺に迷惑をかけなかったことが、一度でもあったか」

「……ですよねえ」