朱塗りの門前で歩を止めた壱袈が、コツリと靴底を鳴らして振り返る。
 物憂げに伏せられた瞼。

「異質を恐れず、あやかしの心をも重んじ、陰と陽とを従える華……か」

 これはこれは、と。くっと口角が上がると同時に、黒羽が一枚、私へと向けられた。
 あ、と思った瞬間にはくるりと回り、穏やかな風が周囲を取り巻く。

「わっ……!」

 浮いた腕から、するりと抜けた打掛。
 風に踊るようにして、橙色の宙を泳ぐ。

「はたしてどちらが松となるか。その方らの決断を、心待ちにしているぞ」

 辿り着いた打掛を両手で受け止めた壱袈は、その風を纏うようにして、ひらりと肩にかけた。
 踵を返す。

「実に楽しき休暇だった。感謝するぞ、彩愛」

 愛おし気に綻ぶ、赤い瞳。

「茶を供に語らうは、次にな」

 たん、と軽く地を蹴った壱袈の姿が、門を境に消えていく。
 ひらめく打掛は、まるで広がる烏羽。
 なびく袖が「ばいばい」と、手を振っているように見えた。

 風が止む。
 残されたのは静寂と、橙を反射する私達。

(……ええ、と)

 私はまず、何をしたらいいのだろう。
 壱袈から"松"とやらを選ぶ権利を勝ち取ったとはいえ、いまいちよくわかっていない。
 おまけに"薄紫"について、雅弥に話してもらわないなのだけど……。
 雅弥を見上げる。口を閉ざし門を睨む横顔は、どうにも迷いに強張っているような。

(……そんな思いつめた顔をするくらい、私には話したくない内容なのかな)

 ツキン、と痛んだ胸をごまかそうと、咄嗟に首を振る。
 何をいまさら。雅弥は初めからずっと、私には"関わるな"と言い続けている。
 ちょっと優しくしてもらっただけで、少しは信頼してもらえたのかも、なんて。
 私の図々しい、身勝手な期待でしかない。

(ともかく、『忘れ傘』に戻らなきゃ)

 心配げに送り出してくれた、カグラちゃんの顔が浮かぶ。
 お葉都ちゃんはもう怯えてないだろうか。早く皆で、渉さん渾身のお祝いケーキを食べたい。
 空いている左手で石畳をぐっと押して、立ち上がろうと両脚に力をこめる。けど、

「……うっそ」

 立てない。どころか、面白いくらい動かない。
 笑うべきか、落ち込むべきか……って、そうじゃない。

(これじゃ戻るに戻れないんですけど……っ!)

 キュウンと悲し気な声と共に、右手に微かな反動。視線を落とすと、子狐ちゃんが石畳に飛び降りたらしい。
 心配げに耳を伏せ、お座りの体制で私を見上げている。