急なお誘いに快く挙手してくれた友人と有楽町で落ち合い、たっぷりデザートまで楽しんだ私は、いつもよりも話し声の多い総武線快速電車に揺られ、錦糸町駅で降りた。

 肩には通勤鞄、手にはローズ香るスクラブとセール品のトップスが入った紙袋が二つ。
 一杯だけと含んだ日本酒も手伝って、最高に気分がいい。

「これで普通に帰れれば、言う事なしだったのに」

 ぞわりと背に、妙な悪寒。
 ああ、やっぱりきちゃった。連日のことで慣れてきてしまったのか、今は恐怖よりも落胆が強い。
 毎日毎日、飽きもせずただ着いてきて、本当、一体何が目的なんだか。

(……目的、っていえば)

 ふと、昨夜出会った変な男の"忠告"が脳内に過る。

『……知ろうとするな。知らないままでいろ』

 あれは、不審者とも捉えられかねない自身のことを指していたのか。
 それとも、この姿なく付いてくる、得体の知れない"なにか"のことを言っていたのか。
 もし後者ならば、あの男はこの"なにか"の正体を知っているってこと。

(……それなら)

「……霊感ゼロの私なんかに付いてくるより、あの男のほうが、"アナタ"のことわかってくれるんじゃない?」

 足は動かしたまま、独り言のように呟く。
 当然、夜道は静まり返ったままだし、やっぱり"なにか"も変わらず付いてくる。

(せっかくこっちが"提案"してあげてるのに、無視ですか)

 たぶんこの時私は、昼間の襲撃によるストレスと、お酒の力も相まって気が大きくなっていたんだと思う。
 こっちの話など聞いてもいない、理不尽な"嫌がらせ"を続ける"なにか"に、ここ最近の悩みの種が重なって、

「まさか、"アナタ"も私の顔目当てだなんて言わないでしょうね?」

 嘲笑交じりに吐き出した、その時だった。

「――嬉しい。まさか、気付いて頂けるとは」

「っ!」

 ぞわりと粟立つ肌。
 衝撃に足が止まる。というか、止めざるを得なかった。

 前方、十メートルほど先の街頭下に、ぼんやりと浮かぶ女性の立ち姿。
 白布に紅色の花が描かれた着物を纏い、真っ黒な髪を芸妓さんのように結い上げている。

 光を避けるようにして俯く彼女の顔は見えない。
 なのに私は瞬時に、"違う"と感じた。
 ――あれは、人間じゃない。

「……そう、お顔。とても美しくて、愛らしいお顔」

 氷を滑るビー玉みたいに、薄く澄んだ声。
 けれど"声"のはずなのに、空間を通して届いるというよりは、直接鼓膜に響いているような違和感がある。
 俯く女はカラリと下駄を鳴らして、一歩一歩、近づいてきた。