壱袈が故意に"念"を私に飛ばしたと、確信はあっても証拠はない。
 おまけにその"念"によって、傷を受けたわけでも。
 私がこうして疲弊しきっているのは、私がただ、壱袈の言葉に頷きたくなくて、それで躍起に――。

「……おい」

 低い声に顔を跳ね上げる。
 と、雅弥は眉間に不快を刻んで、

「これがアイツのやり方だ。丸め込まれるな」

「え……あ! なんて高度な心理戦……っ」

「ただの詭弁だ。……だが、覆せるだけの材料がない」

 苦虫を嚙み潰したような顔で告げる雅弥。
 壱袈は満足そうに頷いて、「さて、誤解も解けたところで」と話題を転じる。

「見極めについてだが」

「! もちろん、私の勝ちよね!?」

 食いつく勢いで尋ねた私に、壱袈は「勝ち負けを決めていたわけではないのだがな」と小さく噴き出して、

「まあ、良い。ならばその方の勝ちだ、彩愛。今後の身の振り方については、"見えるだけ"ではなくなったその方に委ねよう」

「やった……!」

「ただし、ひとつ条件がある」

 壱袈は細めた双眸でついと雅弥を流し見て、

「藤と松」

「…………」

 黙したままの雅弥から赤い目が離れ、疑問を浮かべる私に向く。

「"薄紫"とは藤の色。その刀はな、いわば藤なのだ」

「"薄紫"が、藤……?」

「藤の花はひとりでは咲けぬ。巻き付き己の支柱となる、松がなくてはな」

「松……」

 そういえばさっき、雅弥が松だとかどうだとか……。
 当惑する私の心中を察したように、壱袈がゆったりと頷く。
 と、穏やかな苦笑を浮かべ、

「彩愛。俺がその方に告げた言葉に、嘘はない。その方は"何も知らない"だろう? 俺たち隠世警備隊が守るは、あやかしというより、むしろヒトだ。だからこそ俺は、その方が知らぬまま深く踏み込み、傷つく姿を見たくはなかった」

 だが、と。壱袈は瞳に憐れを映す。

「その方の想いは、俺が想像するよりも遥かに強い。それこそ、"見えるだけ"ではなくなるほどにな。真実を知ったうえで選ぶといい。美しくも無慈悲な、"薄紫"と雅弥の契約を。それが条件だ」

 よいな、雅弥。
 佇む雅弥を一瞥して、背を向けた壱袈は宝蔵門へと歩いていく。

「この"狭間"は、その方らが『忘れ傘』に戻るまで繋いでおこう。好きに使うといい」