珍しく慈しむような眼で子狐ちゃんを見遣ったかと思うと、再び私に向いて、

「……よく、ソイツを守ってくれた」

「――っ!」

 安堵と感謝の滲む、柔い顔。
 そうそうお目にかかれない、色のさした表情に思わず言葉をのんだ、刹那。

「――くっはは! そうかそうか。俺はてっきり、雅弥が"松"なのだと思っていたのだがなあ」

「……壱袈っ」

 瞬時に頬を硬直させ、怒りを滲ませた雅弥が立ち上がる。
 口元に手をやりながら歩み寄る壱袈は、その眼光だけで切裂けそうな雅弥の睨みにも一切動じない。

「思っていたよりも遅かったな、雅弥」

 雅弥は"薄紫"を構えずとも、握る右手に力を込めて、

「"狭間"に連れこむなど聞いてない」

「だが、連れ込まぬとも言っていまい」

「隠世警備隊の隊長でありながら、法度を破るのか」

「とんでもない。俺が隠世法度を破るわけがなかろう」

 雅弥が苛立ち交じりに奥歯を噛む。

「コイツに"念"を……っ、ヒトに危害を与えたのにか」

「ふむ。どうやら誤解があるようだな」

 心外だとでもいう風にして、壱袈は肩を竦める。
「彩愛との和やかな散歩の最中、淀みとなりかけた"念"を見つけたのでな。休暇中とはいえ、俺は隠世警備隊の(おさ)。参拝客に危害の及ばぬ"狭間"にて職務を全うしようとしたのだが、"ついうっかり"手が滑り、念をひと束散らし損ねた」

(つ、ついうっかり……!?)

 うっかりどころか、しっかり狙ってきたくせに!?
 もしかして聞き間違えた? なんて唖然としていると、にこやかな壱袈の双眸とかち合った。

「彩愛は"見える"ヒトだ。故にはぐれた"念"に気づかれてしまってなあ。彩愛は"念"に捕らわれながらも、その身を呈し、必死に手助けしてくれたのだ」

「なっ……」

(なんて嘘を平然と!?)

 抗議しようと口を開く。けど、

「なあ、彩愛。事実、俺は何度も"念"からその方を救い出そうと尽力したな。悲しきかな、終いまでこの手を取ってはもらえなんだが」

「うぐっ……」

 嘘ではない。確かに壱袈の助けを拒み続けたのは、私のほう。
 けどそれは、代わりにあやかし事から手を引けって脅してきたからで……。

(あ、あれ? でもよくよく考えたら、今のこの状況って同意しなかった私の自業自得……?)