ふむ、これなら三本程度か。
 呟いて、壱袈がブレスレットに触れる。
 次の瞬間、漆黒の烏羽(からすば)が三枚、壱袈の手中に現れた。

「! そのブレスレットってもしかして、壱袈の妖力の結晶……?」

「そうだ。よく知っているな」

 何も知らぬと聞いていたのだがなあ、と壱袈はくつくつ笑い、

「淀みから生まれた"怪奇"は、時にヒトを、時にあやかしを食らう。ゆえに俺の束ねる隠世警備隊は、淀みを作る前に"散らす"のだ」

 瞼を伏せた壱袈が、扇状に持った三枚の羽でくるりと宙に円を描く。と、

「"念"が……!」

 吹いた風に踊るようにして、周囲を漂っていた"念"が薄く四散していく。
 壱袈が向きを変え、同じように羽を回すと、やはりその方角の"念"も綺麗に飛び、薄まる。
 その幻想的とも思える光景に、私は感動を覚えつつ、

「隠世警備隊って、こっちでいう警察みたいなものかと思ってた……。あ、でもどうして雅弥みたいに祓わないで散らすの?」

「出来ないからだ」

「出来ない?」

「あやかしは陰。"念"もまた、陰のモノ。影に影が重なることは出来ても、消すことは出来ん」

 濃淡にきらめく金にも見違える髪をなびかせて、壱袈が振り向く。

「さて、彩愛ならどうする」

「え?」

 すっと私に向けられた漆黒の羽。
 くるりと回った刹那、まき上がった風に呑まれたいくつもの"念"が、風と共に私に向かってきた。

「わっ!?」

 咄嗟に腕を上げ顔を覆う。
 瞬時に抜けた風。なびいた髪が背に戻るのを感じながら私は腕を開き、

「ちょっと壱袈なにして――うそ」

 絶句。開いた視界の先。佇む壱袈の姿が、黒い靄でよく見えない。
 壱袈を? 違う。"念"が取り囲んでいるのは、私。

 ――のまれた。

 悟ると同時に、肩からキュウと弱々しい声がした。子狐ちゃんだ。
 ぐったりと伏せる身体が肩から滑り落ちそうになり、私は慌てて掌で受け止める。
 きつく閉じられた眼。苦悶に丸まる身体。伏せられた耳。

「しっかりして……っ!」

 苦し気に呻く身体をさすってみるも、子狐ちゃんはくう、と力なく小さく鳴くだけ。

(どうして急に――)

「もしかしてこれ"念"のせい……!?」

「その小さき式では、これだけの濃さには耐えられぬだろうな」

「! 壱袈……っ」