(にしても、壱袈がこんなに詳しいのって、やっぱりあやかしだから?)

 特に、金の龍のこと。真偽はわからないって言ってたけど、実は知っていたりして……。
 けれどもそんな私の疑念と興味は、どこからか漂ってきた香ばしくも甘いかおりにすっかり消え去ってしまう。

 つられるようにして視線を向けると、店頭の赤い木枠に「雷おこし実演販売」の文字。
 群がる人が興奮交じりに、人によってはカメラも向けている。
 その先には中腰になり、まだパラパラと纏まりのない生地を両手で熱心にこねる白服の男性が。
 けれどそれも、ほんの数秒。

「わ、もう塊になっちゃった……!」

「ん? ああ、寄っていくか? 少し待てば出来立てが食べられるぞ」

「いいの!? いきた――」

 い、と言いかけて、私は慌てて口を抑える。
 忘れてない。渉さんが、お葉都ちゃんの顔完成を祝うケーキを焼いてくれているってこと。

「や、やっぱり今度にしておく!」

 平べったい木の型に合うように、ぐっぐっと押し伸ばされていく、まだ柔からな雷おこし。
 その誘惑から何とか視線を切り、先を促すと、

「良いのか? 金ならあるぞ?」

「ううん、そういうことじゃなくて……えと、今ちょっとお腹いっぱいだから」

 と、その場はなんとか切り抜けはいいものの……。
 鳩や提灯の形が可愛い、ふわっふわの人形焼き。
 狐色のきな粉がたっぷりかかった、串刺しの茹でたて団子。
 すれ違った着物姿の女の子二人の手には、ザクッとジューシーな揚げたて浅草メンチ……。

(ゆ、誘惑が多すぎる……!)

 カップ入りのトロトロ大学いも。醤油の香ばしさがそそるおかきに、サクッとさっぱりアイスもなか。
 甘ーく誘う、餡たっぷりのたい焼き……!

(まさか壱袈の見極めって、私の忍耐チェックだったり?)

 ちらりちらりと横目で伺うたびにぐっと耐えるけど、正直そろそろお腹が鳴りそう。

(でも、もうすぐ仲見世通りも抜けるし、あとちょっとの辛抱……!)

 その時。差し掛かった木陰で、壱袈が歩を止めた。

「ひとつ、付き合ってくれんか?」

「へ?」

 ついと視線を向けた先には、円柱形の赤提灯と、あげまんじゅうの文字。

「ここを通ると、どうにも食べたくなってしまってな。無理にとは言わんが、共にどうだ?」

「! じゃ、じゃあ私も……!」

 ごめんなさい渉さん……! 限界です!

(これだけ歩いてるし、ひとつくらい余裕でしょ!)