立ち上がった雅弥が、睨むようにして両目を細める。
 刹那、赤い瞳がこちらを向いた。お葉都ちゃんのそれとも違う、深くも透き通った、赤い目。

「おお、雅弥。久しいな」

「挨拶はいい、要件はなんだ」

「そうつれなくするな。俺とお前の仲であろう?」

(え、なになに。なんか親密というより、ただならぬ雰囲気なんだけども……!)

 意味ありげな余裕たっぷりの妖しい笑みと、刀なくとも斬り祓えそうな鋭い睨みが見つめ合う。
 雅弥は基本的に、好意を伝えるにも遠回しだし。
 なんなら雅弥にその気はなくとも、この壱袈と呼ばれた彼は、明らかに巨大な矢印を向けているし。

(これはまさか、もしかしてもしかしたりするんじゃ……!)

 二人の知らぬ過去をうっかり妄想しかけた刹那、

「い、壱袈様……っ!」

 どこか怯えるようしてお葉都ちゃんが膝を折り、姿勢を正すと深く頭を下げた。

「おや? その(ほう)は……」

 ついと座敷に上り、お葉都ちゃんへと歩を進めた彼が、その頭前で足を止める。
 距離を詰めるようにして膝を曲げると、にいと瞳を三日月に緩めた。

「……そうか、とうとう"顔"を得たか」

 のっぺらぼう、と発する声に、お葉都ちゃんがびくりと肩を震わせる。

「いかにも、のっぺらぼうがお葉都と申します。私を、ご存知で……?」

「隠世に馴染みある気配が頻繁に出入りしていたからな。当然、調べている。ああ、そう怯えずとも良い。その方《ほう》に"法度破り"はないとしてある」

 そうだろう、雅弥?
 どこか含みをはらんで、流された視線。
 雅弥は剣呑に双眸を細め、

「そうだ。必要があればそちらに送るか、俺が斬っている。……要件はそれか。なら答えたのだから、帰れ」

「まったく、忙しい身ながら寸暇を惜しんで尋ねてきたというのに、茶のひとつも付き合ってくれんとは」

「忙しいのならば余計に帰れ。下のやつらが不憫だ」

「不憫か。くくっ……思ってもないことを」

 まさしく両者一歩も引かず。
 食うか食われるかな対峙を息を殺して見守っていると、「お葉都ちゃん」と呼ぶ声が響いた。カグラちゃんだ。

「厨房で渉のお手伝いをしてもらってもいいかな? 渉、分かってるね」

「は、はい! それではすみませんが、俺は下がらせていただきます。お葉都さん、行きましょう」

 力強く頷いて促す渉さんに、お葉都ちゃんは戸惑いながらも「はいっ」と立ち上がった。
「失礼致します」と頭を下げて、渉さんと共に上り口から去っていく。