(……部長にはもうやっちゃったし、いいか)
腹をくくった私はもう隠すことなく息をついて、笑みを消す。
と、私の変化に気付いた孝彰さんが、
「ああ、ごめんね? なんか、邪魔が入っちゃって。場所かえて話そっか」
「帰ってください。そして金輪際、二度と私に関わらないでください」
「……え、と? 彩愛さん?」
「既に何度もお断りしましたよね。というか、そもそも食事の件だって、私は部長に騙されただけで一切望んでないんです」
「そう、だけどさ。あの時だって、楽しかったでしょ?」
「いえ、まったく。退屈で退屈で、早く帰りたくてたまりませんでした。孝彰さんの話もろくに聞いていません。まあ、貴方様は一人で気持ちよーくお喋りされていて、非常に楽しそうでしたけども」
孝彰さんが「なっ!?」と目を見張る。
その顔にはプライドを傷つけられた怒りも混ざっていたけれど、私は構うことなく言葉を続けた。
「ですから、私にとって、はじめっから"あり得ない"お見合い……まあ、お見合いって気持ちもさらさらなかったんですけど、ともかく孝彰さんとお付き合いする気は微塵もありません。なんなら今後、お仕事でない限りは一切関わることのない生活を望んでいますので、恋人探しでしたら他を当たってください」
愛想笑いゼロ。
ぴしゃりと言い切った私に、孝彰さんはわかりやすく焦燥を浮かべた。
「なにが……っ、俺のなにがそんなに気に入らないんだ? よく考えてみてくれ、俺につりあうのはキミしか、キミに相応しい男は俺しかいないだろう?」
「いや、ですからね……そもそもその"つりあう"って発想からして理解できな――」
「ならなんだ。キミほどの美人が生涯パートナーもつくらず、こんなしけた会社で使いつぶされる人生を選ぶのか? 違うだろ? 美しい服に靴やバッグ、アクセサリーだって、キミの美しさの為ならなんでも買ってあげるさ。食事だって質が上がるし、ジムでもヨガでもエステでも、好きなだけ時間をかけられる。そうしてキミは一生美しく、幸せな人生を手に入れる。俺の"妻"として。なあ、夢のようなチャンスじゃないか」
……ここまでくると、これまでのストーカー達の方がマシに思えてくる。
(なんか、頭が痛くなってきた)
推測するに、こちら側がなんとか理解してもらおうといくら説明を重ねたところで、結局は向こうの都合の良い返事をするまでは、永遠にこうした押し問答が続くのだろう。
周囲の社員はみんな息を潜めて、好奇の目を向けてくるだけ。
良い晒しモノ。ほんと、最悪。
「……ともかく、何を言われたところで私の気持ちは変わりませんので。お引き取りください。もっと"つりあう"方が、他にいらっしゃいますから」
「ちょっと、彩愛さん!」
引き止める声に胸中で「もう無理!」と叫びながら、席を立った私はフロアを飛び出て、足早に廊下端の女性用化粧室に逃げ込んだ。
腹をくくった私はもう隠すことなく息をついて、笑みを消す。
と、私の変化に気付いた孝彰さんが、
「ああ、ごめんね? なんか、邪魔が入っちゃって。場所かえて話そっか」
「帰ってください。そして金輪際、二度と私に関わらないでください」
「……え、と? 彩愛さん?」
「既に何度もお断りしましたよね。というか、そもそも食事の件だって、私は部長に騙されただけで一切望んでないんです」
「そう、だけどさ。あの時だって、楽しかったでしょ?」
「いえ、まったく。退屈で退屈で、早く帰りたくてたまりませんでした。孝彰さんの話もろくに聞いていません。まあ、貴方様は一人で気持ちよーくお喋りされていて、非常に楽しそうでしたけども」
孝彰さんが「なっ!?」と目を見張る。
その顔にはプライドを傷つけられた怒りも混ざっていたけれど、私は構うことなく言葉を続けた。
「ですから、私にとって、はじめっから"あり得ない"お見合い……まあ、お見合いって気持ちもさらさらなかったんですけど、ともかく孝彰さんとお付き合いする気は微塵もありません。なんなら今後、お仕事でない限りは一切関わることのない生活を望んでいますので、恋人探しでしたら他を当たってください」
愛想笑いゼロ。
ぴしゃりと言い切った私に、孝彰さんはわかりやすく焦燥を浮かべた。
「なにが……っ、俺のなにがそんなに気に入らないんだ? よく考えてみてくれ、俺につりあうのはキミしか、キミに相応しい男は俺しかいないだろう?」
「いや、ですからね……そもそもその"つりあう"って発想からして理解できな――」
「ならなんだ。キミほどの美人が生涯パートナーもつくらず、こんなしけた会社で使いつぶされる人生を選ぶのか? 違うだろ? 美しい服に靴やバッグ、アクセサリーだって、キミの美しさの為ならなんでも買ってあげるさ。食事だって質が上がるし、ジムでもヨガでもエステでも、好きなだけ時間をかけられる。そうしてキミは一生美しく、幸せな人生を手に入れる。俺の"妻"として。なあ、夢のようなチャンスじゃないか」
……ここまでくると、これまでのストーカー達の方がマシに思えてくる。
(なんか、頭が痛くなってきた)
推測するに、こちら側がなんとか理解してもらおうといくら説明を重ねたところで、結局は向こうの都合の良い返事をするまでは、永遠にこうした押し問答が続くのだろう。
周囲の社員はみんな息を潜めて、好奇の目を向けてくるだけ。
良い晒しモノ。ほんと、最悪。
「……ともかく、何を言われたところで私の気持ちは変わりませんので。お引き取りください。もっと"つりあう"方が、他にいらっしゃいますから」
「ちょっと、彩愛さん!」
引き止める声に胸中で「もう無理!」と叫びながら、席を立った私はフロアを飛び出て、足早に廊下端の女性用化粧室に逃げ込んだ。