一瞬、ためらったように瞳が揺れた。
 眉根を寄せた雅弥は、しぶしぶ本を閉じて、

「……先日のアンタの一件で、貴重な一枚を手放したからな。目の前に"伝手(つて)"があったから、取引をしたまでだ」

「あ、なるほど。自由に隠世と行き来できるお葉都ちゃんに、頼んで買ってきてもらったってこと」

「そうではない。言ったろう、"取引"だ」

 最小限で動いた黒い(まなこ)が、すいと私を見上げた。

「アレは反物屋(たんものや)の娘だ」

「…………へ?」

(お葉都ちゃんが、反物屋の娘……?)

 風を起こす勢いで振り返る。と、お葉都ちゃんは静々と会釈して、

「はい。私の家ではお仕立て用の生地をはじめ、反物を使用した小物なども並べております」

「ってことは、その小袋もお葉都ちゃんのトコの……?」

 お葉都ちゃんは「そうでございます」と首肯すると、

「このたび、雅弥様からのご要望により、僭越(せんえつ)ながらいくつか見繕わせて頂きました」

 ですが、と。お葉都ちゃんは袖先を口元に寄せて、微笑まし気に瞳を和らげる。

「お渡しした中で、私がいっとう好んでいるとお伝えしたこの小袋だけは、お引き取り頂けず。ご趣味に合わなかったのだと思っておりましたが……彩愛様からの贈り物を見込んで、私に持たせてくださったのですね」

「え……? あ……、そういうこと!?」

 雅弥が私に『必要ない』と言ったのは、お葉都ちゃんが小袋を作っている反物屋さんだから、こっちで用意する必要はないって意味で。
 おまけに今日、私がプレゼントを渡すのに合わせて、それとなーく注文して。
 さらには返却を装って、お葉都ちゃん好みの小袋を秘密裏に用意してくれてたっていう……?

「……なにその極度に回りくどくてオシャレな技っ!!」

「だからなんだその"技"というのは」

「ねえだから言葉がさ……言葉が足りないんだって、雅弥はさ……。ううん、でも今回はそれが功を奏したというか。でもやっぱりさり気ないを通り越して、回りくどいが勝っちゃうっていうのがまた雅弥らしいというか」

「言っておくが、アンタやアレの為ではないからな。どうせアンタは、俺は止めたところで聞かないだろう。そのまま隠世に持ちこんで、警備隊のやつらに余計な難癖つけられるのは御免だ。あくまで俺は俺の為に――」

「ありがとう、雅弥」

 告げた礼に、雅弥がぐっと言葉を飲み込む。
 それでも何かを言いたげに顎先を上げたけれど、諦めたのか、盛大に息を吐きだして、

「……アンタにしては珍しく、暴走する前に報告してきたからな。……その褒美だ」