「ホラ、キミは祠の前にきてー!」とキビキビ動きだしたカグラちゃんに応じて、郭くんが楽し気に歩を進めた。
 祠前に立つ。途端、郭くんはくるりと振り返り、

「……これ、ありがとう。大事に、使う」

 開いた巾着の中に、収められたハンカチ。
 紐を引いてしっかりと閉じた郭くんは、深々と頭を下げて、

「……お世話に、なりました」

 その瞬間。郭くんの足元が光を帯びた。
 ――これで、お別れ。
 こみ上げてきた哀愁を奥歯ですり潰して、私は「気を付けてね」と笑みを作る。
 だって、私たちには"約束"があるのだから。
 蛍のような淡い光源が、徐々にその身体を包んでいく。
 刹那、郭くんは、どこか申し訳そうに薄く口角を上げて、

「……こんなこと言ったら、怒られるかもだけど。あの家でずっと待ってて、良かった。……あなたたちに、会えたから」

 どこからか吹き上げた風が、銀糸の髪を散らした。
 悲しみではなく、決意と願いに満ちた真摯な双眸が、私を映してきらめく。

「……必ず戻ってくるから、待っていて。あなたは――彩愛は、いなくならないで」

「!」

 祈るような囁きが、押し込めていた感情を刺激する。

 ――いなくらないで。

 そう。ずっと近くにいてほしかった。だって、大好きだったから。
 もっと一緒にご飯を食べて、言葉を交わして、いろんな景色を見に行って――置いていかないで、ほしかった。
 そんな私の拭いきれない渇望に、郭くんは、気付いていた。
 達観したようなことを口にするくせに、心の中ではまだ必死に、大切な人を失った喪失感と戦っているんだって。

「――っ」

 溢れた感情が、目尻からこぼれて頬を伝う。
 きっといま私は、酷く情けない顔をしているに違いない。
 けれども隠すよりも答えたくて、必死に頷く。

「絶対に、待ってる……っ!」

 郭くんは、小さく笑った。
 幼い少年の顔じゃなくて、子供を宥める大人のような表情で、小指を上げた右手を掲げる。

「……約束、だからね」

「……っ、うん。約束、ね」

 この"約束"は、心の(かて)
 "理由"は重ねれば重ねただけ、この先の世界に未練を与えてくれるから。
 私のあげた小指に、郭くんが頷いたその瞬間。光が四散して、郭くんの姿が消えた。

 目の前に広がるのは、ちょっと寂しげながらも、緑と朱が美しい庭。
 それはいたって"普通"の、今、目の前で起きたことが夢だとも思えるくらいの――。