つまりこの書面は、郭くんを守ってくれる大事なお手紙ってこと。
 理解した私が「ありがと、雅弥。必要なモノって、それのことだったんだ」と告げると、雅弥は一瞬だけ躊躇してから、

「……それと、これも持っていけ」

 子狐ちゃんの出てきた袖口とは反対の袖から、雅弥が小さな巾着を取り出す。
 翡翠色のそれを戸惑いがちに受け取った郭くんは、ほどなくして何かに気づいたように息を詰め、

「これは、隠世で織られた巾着……?」

「あやかしには鼻の利くヤツが多い。そのハンカチには、ヒトの気配が染みついてるだろう」

「ねえ、その"ヒト"って私のことよね? え? もしかしてなにかマズい?」

「……あやかしには、ヒトを快く思わない連中もいる。隠世の巾着を使えば、ヒトの気配をある程度ごまかせる」

「それって……」

 雅弥の用意した、郭くんを守るアイテムその二ってこと。

(私には散々、約束をするなだの甘いだの注意するくせに)

 こんなに準備してあげて、一番に"優しい"のは、自分じゃない。
 緩みかけた頬に慌てて力を込める。けれど雅弥は目ざとく私を睨んで、

「……言いたいことがあるのなら、聞くが?」

「ちょっと、なんでこんな時に限って乗り気になるの!?」

 "優しいじゃん"なんて言葉にしたら、絶対にへそを曲げるくせに……!
 言うもんかと無理やり口を噤むも、じりじりと迫る無言の圧。
 静かな攻防に、ふふっと笑う声がした。郭くんだ。

「……やっぱりここは、すごく、いいところ」

「でしょでしょ? 戻ってきたアカツキには、ぜひご贔屓(ひいき)を」

「カグラちゃん……抜け目ないわね」

「だってボクは稲荷の眷属(けんぞく)だからねー。商売繫盛っだよ」

 歌うような調子で紡いだカグラちゃんが、両手を丸めて狐のポーズをとる。

「あ、あざとい……。でもすんっごくカワイイ……!」

「前から思ってたけど、彩愛ちゃんってけっこうボクのこと好きだよねえ」

「だってカワイイには逆らえないもの……!」

「おい。いい加減じゃれついてないで、コイツを隠世へ送れ」

「だって、カグラちゃんが……カグラちゃんがカワイイ……っ!」

「なになに雅弥? ヤキモチ? だいじょーぶだよお。雅弥もちゃーんと、彩愛ちゃんと相性ばっちしだし!」

「カグラ……渉に言って、今夜の油揚げには唐辛子をまぶすからな」

 (おど)す低い声に、カグラちゃんが「やだやだ! わかったちゃんとやるから!」と血相を変えて首を振る。

(カグラちゃん、唐辛子が苦手なんだ……)