「……そろそろ、終いだ」

 そう告げて雅弥が腰を上げたのは、私と郭くんの器が空になり、冷めたダージリンの最後のひとくちを飲み干した時だった。

「あいつらは、耳が早い。あまりのんびりしていると、向こうからきてしまう」

「あいつらって?」

「隠世の警備隊だ」

「っ!」

 聞き覚えのある単語に、頬が強張る。
 これから郭くんは、自身の罪を背負って、ひとりで向かわなければならない。
 いつまで、どんな罰を受けなければならないのか。結局、私は何ひとつ聞けていない。

(気になる、けど……。今くらい、その話は忘れていたいだろうし……)

 ためらいに歯噛みする私の緊張を察したのか、

「……そんな顔、しないで」

 郭くんは困ったように小さく笑んで、

「ちょっと、怖いけど。僕にはたくさんの"これから"があるから、大丈夫」

「郭くん……」

 見ればいつの間にか、上り口にカグラちゃんの姿が。
 カグラちゃんは私と目が合うと、(なだ)めるような笑みを浮かべた。

「祠まで、ボクが案内するよ。彩愛ちゃんも一緒においで」

 カグラちゃんに誘われるまま、私も郭くんと共に立ち上がり、靴をはく。
 先を歩く郭くんの迷いのない背に、私もしっかり送り出してあげなきゃと鼓舞していたその時、

「……あれ?」

 背にあった雅弥の気配に、違和感。
 振り返ると、雅弥はカグラちゃんの進む厨房横の通路ではなく、右方に伸びる厨房の出入口へと繋がる廊下へ行き先を変えている。

「雅弥はいかないの?」

 私の問いに、雅弥が歩を止め肩越しに振り返る。

「……必要なモノがある。先に行っていろ」

「あ、うん……」

 頷いて、急いでカグラちゃんと郭くんの背を追う。
 普段立ち入ることのない、暖簾に遮られた通路の奥。その果てにあったのは、勝手口に似た簡素な扉だった。
 上部のスモークガラスには白いレースのカーテンがかかっていて、外の明かりを柔らかく受け止めている。

「ここから外に出れるんだよ」

 カグラちゃんが銀色のドアノブを掴んで、回し開けた。
 その庭はけして広いとはいえないけど、私の住むマンションの一室よりは、面積がある。
 ブロック塀に沿うように背の低い木々が並んでいて、その中央に、左右に屋根が広がった朱塗りの小さな祠があった。
 土台となっている石も、祠の木肌も、その身に受けた年月に褪せている。
 祠へと歩を進めたカグラちゃんは、くるりと回って、

「これがボクの"本来"のお家で、隠世との境界。彩愛ちゃんは見るの、初めてだよね?」