――まただ。

 背に纏わりく、じっとりとした嫌な気配。
 私は足を止めずに、そっと背後を見遣った。

(やっぱり、誰もいない……)

 時刻は二十時過ぎ。
 商業施設が併設されている錦糸町駅周辺や、飲食店の立ち並ぶ路地はまだまだ明りが眩しく賑わっているけど、その先の錦糸公園横に出ると一気に光源が減り、歩く人もほとんどいなくなる。

 大広場の主のようなモールを横目に、日中は車通りの激しい大通りを渡って、住宅街の細道に入ってしまえば、静かな夜の帳だけが佇んでいる。

 もう一度、今度は立ち止まってしっかりと後方を確認した私は、変わらず誰もいない夜道に再び前を向いて、早足気味に帰路を急いだ。

 沿道に建つ家々から漏れる、誰かの明り。何かあったら叫ぼうと胸中でウォーミングアップを始めつつ、肩にかけた通勤用のショルダーバッグからスマホを取り出し、握りしめる。

(ついでも蹴りの一発でも……ううん、避けられたら逆にピンチになっちゃうか)

 歩きやすくもシルエットが優美な五センチヒールが、心の焦りを表すようにカツカツ鳴る。

(――あ)

 数メートルある大きな鳥居が視界に入った。亀戸天神社だ。
 そう認識した途端、ふっと妙な気配が消えた――感じがした。

(路地を曲がった? ううん、まだ油断は禁物)

 目的がわからないのだから、警戒は最大限に。
 相手は気を緩んだ隙を狙っているのかもしれないのだから。

 その後も緊張感を保ちながら歩き続け、私は無事、今夜も家であるマンションの一室に辿り着いた。
 施錠はしっかりと。カーテンは朝から開けていない。

 電気を点け、通勤バックを置いた私――柊彩愛(ひいらぎあやめ)は、緊張を解いて「あー! つっかれた!」と大の字でベッドに倒れこんだ。

「もー! なんなのよ毎日毎日っ! これで連続三日目なんですけど!」

 異変に気が付いたのは三日前。
 初めは猫でも付いてきているのかと思っていたけれど、二日目にして考えを改めた。

 だって、時間変えても付いてくるなんて、野良猫にしては執着が過ぎる。餌をあげるどころか、顔すら見た事ないのに。

「やっぱりストーカー……? ホント勘弁してよ……」

 物心ついてすぐ、自分の顔立ちが人より目立つことに気が付いた。
 可愛いものが好きだった私は心から嬉しくて、それこそ人形遊びのように、自身を飾り立てる"遊び"に夢中になった。

 それは成長してからも変わらず、むしろ拍車がかかり、今の私は天然素材に努力が加わって大層綺麗な見た目をしている。

 顔面は言わずもがな、程よく筋肉をつけた引き締まったウエストに、アッシュブラウンに染めたセミロングの髪は柔らかながらもツヤツヤ。

 つまり何が言いたいかというと、そんな私の外見に惹かれたというはた迷惑なストーカーを相手にするのは、これが初めてじゃないってこと。