「手っ取り早く、生姜焼きにしようかなと思うんですが」
佳亮は薫子と連れ立ってマンションの近所のスーパーに来ていた。今思うと、薫子が鍋類、食器、料理道具の買い物を配送に頼んでいたのは正解だった。あんな嵩張るものを持って、夕方のスーパーでなんて買い物できない。
佳亮の提案に、薫子は満面の笑みで、良いね! と親指を立てて賛同してくれた。
「鶏肉で作ると、温めなおしてもそれなりに食べれるんで」
「あっ、豚肉じゃないんだ! 鶏肉の生姜焼きはコンビニ弁当では食べないわね…」
「豚肉はレンジで温めなおすと固くなりそうなので」
よっぽど分厚い肉を使えば違うかもしれないが、スーパーで買える生姜焼き用の肉ではやはり温めなおしたときに固くなると思う。だから厚みのある鶏肉を調理するのが良いと思った。
「味付けは普通の生姜焼きと変わらないんで。あとはスープとかサラダとか作りましょう」
「すごいすごい、豪華~」
籠を持つ横で薫子がぱちぱちと手をたたく。こんな風に喜んでもらえると作り甲斐があるというものだ。
手早く材料を籠の中に入れていく。鶏肉、玉ねぎは生姜焼きの材料。そしてサラダとスープとして、大根と水菜とベビーリーフにプチトマトとジャガイモ。醤油にみりん、料理酒も忘れずに。調味料は何一つないから全部買う。台所が小さくてキャビネットも買ってないのは確認済みなので、調味料は取り敢えず一番小さなものを揃えた。これなら冷蔵庫に入れておける。
会計をして佳亮が持ち歩いているエコバッグに入れる。商品を持とうとしたら、薫子が担いでしまって慌てた。
「薫子さん、重いですから」
追いかける佳亮に薫子は笑う。
「だって、私のご飯の為の材料でしょう。だったら私が持たなきゃ」
そう言っても、男女で歩いていて女性が荷物を持っている様はつり合いが取れない。まあ、薫子の身長とファッション、スタイルから、女性であると咄嗟に判別できるかというとどうかとは思う。初対面の時の佳亮みたいに。
結局、佳亮は自分のバッグを肩から斜めに掛けただけの格好で薫子の部屋に辿り着いた。薫子がキッチンの横にエコバッグを置く。そして、後は頼むわね、と言ってコートを脱ぐとラグに座り込んだ。この前のようにテレビをゲームにつないで、さっそく楽しむらしい。
佳亮は手を洗って調理に取り掛かった。大根を千切りにしてざく切りにした水菜とベビーリーフを合わせ、プチトマトを盛ると華やかなサラダになる。ジャガイモはさいの目切りにしてのコンソメスープにした。そして鶏肉の生姜焼きは、鶏肉をそぎ切りにして切った玉ねぎと合わせ調味料をもみこむと、いい味の生姜焼きになる。照りが出たところでお皿に盛り付けだ。
さっと作ったにしては上出来ではないかと思う。薫子の前に出してやると、彼女の目が輝いた。
「ちょっと! 佳亮くん! 私がゲームクリア出来ない間にこんなカフェみたいなおしゃれなご飯作り上げるって凄くない!? いや、凄いんだよね、佳亮くんは! 昨日からわかってることだけど、改めて凄いって思うわ!」
まだ食べてもいないのに、おしゃべりが好きな人だなあ。
「別にサラダは切るだけやし、スープもコンソメ溶かしただけですよ。鶏肉も明日の分はお皿に盛って冷ましてるので、冷えたらラップ掛けて冷蔵庫に入れてください。じゃあ、僕、失礼しますね」
手早く用事を言うと、佳亮は席を立つ。あ、待って、と薫子が止めたが、食事は一人分だし、佳亮も食事をしなければならないので帰りたい。なんですかと止める薫子に振り向くと、薫子は凄く真剣な顔をして、
「佳亮くん、…すごく、美味しいわ…」
既に生姜焼きのひとかけらを食べた薫子が口許を拭いながらそう言う。お気に召したのなら何よりだ。佳亮は薫子の部屋を後にした。
佳亮は自宅に戻り、週末としては珍しく、先週末冷凍しておいたミートソースでパスタを作った。薫子の家で一仕事してしまったので、ちょっと二回目を作る気にならなかったのだ。来週からは計画的に作ろう。そう決めた佳亮だった。