薫子の家族と会ったその週の週末、佳亮は実家に電話をしていた。薫子を両親に紹介する為の日取りを決める為だ。

『夏休みになる前やったらこっちも空いとるから来てもろてもエエよ』

「そう? ほな、来週の週末にでも帰るわ。何か買っていくもんある?」

『そんなこと気にせんと。彼女の緊張解してやりぃさ』

母が薫子を気遣ってそんなことを言う。確かにそうかもなと思って、母の言葉を有難く受け止めておいた。

薫子はこの一週間、宗一と雄一の間で交わされた言葉について考えていたらしく、なにかあるのかしらとしきりに気にしていた。佳亮も気になっているが、正直ヒントがなさすぎて思い当たらない。佳亮の両親は息子の自分が言うのもなんだが、人も良く、旅館を経営しているだけあっていろんな人間に対応でき、よほどのことがない限り腹を立てたりしない。娘を嫁がせる親の過剰な心配ではないかとも思ったりした。
しかし、そう安心してしまうには以前望月が言った言葉と雄一の言った言葉が重なりすぎる。望月に言われたときはただただ疑問なだけだったが、雄一と符号が一致すると疑問という言葉だけでは片付けられない。

(なにか、問題があるんやろか……)

佳亮と薫子の交際に。佳亮が薫子を迎える者として。薫子が佳亮のもとへ嫁ぐ身として。

なんだろう、と佳亮は考えた。



新幹線と私鉄を乗り継いで奈良へ。駅から両親が営む旅館までは更にバスを使う。東京都は全く違う景色の故郷(ふるさと)に薫子を案内しながら、佳亮は薫子を振り向いた。

「秋になると紅葉もきれいなんですけど、梅雨は過ごしにくいだけで申し訳ないです。今度別の機会にご案内しますね」

「う、うん……。でも、今はそこまで頭が回らないわ……。無事にお父様お母様に気に入って頂けたら、誘ってくれる?」

ご尤もな言葉に佳亮は薫子の手を握った。思いの外ぎゅっと握り返されて、よほど薫子が緊張しているのだと分かる。平静だったら、絶対に戸惑っているところだ。

(おとんもおかんもいろんな人を受け入れてきた人たちや。他人を『看板』で判断したりせえへん……)

佳亮は両親を信じていた。





「よう来はったね」

そう言って父も母も薫子をにこやかに迎えてくれた。両親の笑みに薫子は深々と頭を下げた。

「佳亮さんとお付き合いさせて頂いております、大瀧薫子と申します」

あの、これご家族で。

緊張した面持ちでそう言った薫子が差し出した包みに視線を落とすことなく、母が呟いた。

「おお、……たき?」

母は薫子の顔を凝視している。父も薫子の自己紹介に驚いた様子だった。

「あんた、……もしかして大瀧建設の娘か」

大瀧建設。確かに薫子の実家の会社だ。それがどうしたのだろう。佳亮が疑問に思っている前で、母と父の表情が豹変する。微笑みを浮かべていた口はきゅっと引き結ばれ、目に怒りを露わにした。

「大瀧の娘を、我が家に受け入れるわけにはいかへん」

母は薫子を前に顔を真っ赤にしてそう言った。母の顔に怒りが宿っているのを見るのは、これが二度目だった。



あれは佳亮が小学生の時。夜中に母が悔しさに泣いていた。父が怒りに拳を震わせていた。観光地近くに構えていた自分たちの居場所を奪われる。移転への作業に移らざるを得なくなる。力に屈した悔しさ悲しさ。それが一番現れていた夜だった。



「……昔、私らが居た場所に、観光地再建だと言って大きなホテルと観光街を建てはったんが、大瀧建設や。私らはあの場所を奪われて、こんな辺鄙な場所に移って来た。その時にあった資金でようやっと建てたこの旅館には、お客さんも半分以上戻ってきはらへん、売り上げは格段に落ちた。あの時からの悔しさを、私らは忘れてへん」

『大瀧』を前に、怒りで拳が震える母親を、佳亮は止めることが出来なかった。どんな人でも受け入れてきた両親が許せない人が居ることを受け止めきれない。顔を真っ青にして俯く薫子に、寄り添うしか出来なかった。