これ以上時期が遅くなると時間を取れなくなると思い、佳亮は薫子の部屋を訪れた。薫子は笑顔で出迎えてくれて、佳亮の話をちゃんと聞いてくれた。

「……という訳で、僕ちょっと、望月さんとお話して来ようと思てるんです。望月さんのお宅を教えて貰えませんか?」

しかし薫子は佳亮と望月が話をするのを嫌がっているようだった。これは自分と望月の間の話で、もう終わった話だから、とやんわり断られる。

「……でも、仮にも婚約者の方が居らはって、僕が何もせずに横から薫子さんをとってしまう訳にはいきませんから……」

せめて佳亮の気持ちを聞いてもらって、望月の気持ちと折り合いをつけたい。薫子の家族に認めて貰うには、先ず望月と話し合わなければならない。

「……じゃあ、私が付き添っては駄目? 望月さんがどんな方法で佳亮くんを拒もうとするか、分からないわ。私が間に入れば……」

薫子の言葉に佳亮は苦笑する。

「薫子さん。薫子さんのことで男同士の話をするんですよ? 薫子さんが居て良いわけないでしょう?」

そう言うと薫子は落ち着かない様子だった。でも、とか、だって、とか、兎に角歯切れが悪い。……まあ、親が認めた婚約者と、小さな会社の平社員の佳亮では、比べるまでもなく彼が有利だ。それでも気持ちは負けないと佳亮は思う。

「いずれ、薫子さんのご両親にも納得してもらわんとあきませんし、望月さんに納得いただけてへん今の状況は良くないと思います」

説き伏せるように言うと、薫子は黙った。決して楽観的に笑ってくれない所を見ると、佳亮の分が悪いと思っているのは明らかだった。



兎に角何とか話し合ってみると薫子に伝えて、佳亮は望月の許を訪れていた。薫子の家には及ばないが、望月の家も相当大きな、此方は日本家屋だった。庭には池を配した庭園があり、佳亮はそれを眺めることの出来る応接間で望月を待った。

すっと襖があいて、望月が現れた。望月は着物姿で、佳亮が事前に来訪を告げてあったことを考えると、普段から和装なのだろう、立ち振る舞いが優雅だ。

部屋に入ってきた望月は佳亮の正面に座り、何の用かと訊ねた。

「……僕と望月さんで話さなければいけないことは、一つだけやと思います」

望月は佳亮の言葉を聞くと瞑目して、ひとつため息を吐いた。

「…君は彼女に相応しくない。身を引いてくれないか」

いきなり単刀直入に返されたが、まどろっこしくなくていい。佳亮は望月の目を見て、そういう訳にはいかない、と返答した。

「薫子さんは僕との将来を考えてくれてはりますし、僕も、出来ればご両親に許して頂いていずれ結婚したいと思うてます。僕の事を知らずに相応しくないと断じる前に、話し合いに応じてくれませんか」

佳亮が話し掛けても、望月は首を振るだけだ。またため息を吐いて、こう言った。

「君では、彼女を悲しませるだけなんだ。どうか、引いて欲しい」

どうして佳亮だと薫子を悲しませることになるんだろう。望月の言っている意味が分からなくて、佳亮は問うた。

「なにが貴方にそう言わせているのですか? 婚約の約束の事なら……」

婚約の約束の事なら、もう薫子の気持ちで決着がついている。そう言おうとした時に、違う、と言葉を遮られた。

「君のご両親は、彼女を受け入れないだろう。その時に彼女が傷つくよりも、僕の許に来た方が良いと言っているんだ」

佳亮の両親が薫子を受け入れない? 訳が分からなくて、佳亮は更に問うた。

「貴方は何を理由にそんなことを言わはるんですか? 僕の両親と話したことが?」

もしかして望月と両親が知己だっただろうかと思ったが、違うようだった。

「僕が君のご両親の気持ちを代弁するのは嫌だろう。僕もこれ以上は言わない。……が、彼女を傷つけたくないなら、本当に身を引いてくれ」

理由を明かさず身を引いてくれと言われても受け入れられない。NOを返すと、仕方ないと言って望月が立ち上がった。

「彼女に相応しいのは、彼女を守れる強い男だ。僕と勝負してくれないか」

望月、187センチ。対する佳亮、168センチ。この体格差で物を言うわりに、冗談っぽさが感じられなかった。