そういえば、デートらしいデートってしたことなかったな。そう思ったのは織畑の家からの帰りだった。久しぶりに薫子の家とスーパーの行き帰りじゃないところを薫子と並んで歩いていて気が付いた。
…と言っても、お付き合いはつい最近始まったばっかりだったし、そのあと織畑に誘われていたので、これは仕方のないことだった。
そんなわけで、佳亮は薫子と並んで歩くスーパーからの帰り道にそれとなく尋ねてみた。
「薫子さんは、僕と一緒に行きたいところってありますか?」
プライベートは詮索しないできたので、薫子の趣味などは知らない。最初に趣味なんかないと言っていたけど、好きなことくらいあるだろう。
「いきたいところ…」
おうむ返しにされて、照れが混じる。
「す、好きなこととか…。何かあれば……」
すきなこと、とまた薫子が呟く。
「…そうね、運転は好きだわ。最近してなかったけど、前は遠くまで走ったりしてたなあ」
ドライブか。それは車を持っていない佳亮が太刀打ち出来ない分野だ。だけどもう直ぐ紅葉の良い季節になるから、出かける理由は作れそうだ。
「…じゃあ、紅葉狩りに行きませんか。僕、お弁当用意しますよ」
「じゃあ私が運転するわね。お弁当、楽しみ」
無邪気に薫子が笑ったので、面子とかはどうでも良くなった。結局佳亮が薫子に喜んでもらえるのは料理だし、それは自信にもなっていた。
*
その夜佳亮が帰った後、薫子は兄に電話していた。
「兄さん、助けて」
急な電話にも兄は出てくれた。
『どうしたんだ、薫子』
切羽詰まった薫子の声に、焦りの混じった声が返る。
「ど、どうしよう。…佳亮くんに、紅葉狩りに誘われたわ…」
兄には佳亮とお付き合いすることを伝えてある。良かったじゃないかと手放しで喜ぶ兄に、でも…、と薫子は続けた。
「私、佳亮くんとお出かけするような洋服を持ってないのよ…」
この前会った織畑は可愛いブラウスとスカートを着ていた。あの時薫子は佳亮の職場の先輩に会うということだけで緊張して、仕事着のパンツスーツでなんとか乗り切った。でも、紅葉狩りは二人っきりだ。お付き合いを始めて、ほぼ初めてのデートになる。
『なんだ、そんなことか。俺に任せておけ』
電波の向こうで兄が張り切った声を出した。兎に角、紅葉狩りまでに洋服を用意しなければ、と薫子は思った。
*
次の週末、薫子は実家に帰っていた。部屋には兄に見繕ってもらった洋服がある。どれも試着してみて、兄が良いと言った物だ。多分、間違いない…、と思う。
(それにしても、心許ないわ…)
鏡の前で試着してみてやっぱり思う。それに、自分では似合っているのかいないのか、全然分からない。ただ、何時もと違うとは思う。
(…こんなに張り切ってしまって、佳亮くんが見たらどう思うかしら…)
薫子が普段洋服に構わないことは佳亮に知れている。いっそ、何時も通りの服装の方が良いのではないか。そう思ったけど、部屋の外で待っていた兄に試着した洋服を見せると、満面の笑みで、かわいいよ、と言ってもらえたので、それで自分を納得させる。
どきどきしながら、薫子は洋服をマンションに持って帰った。ハンガーラックには掛けずに、収納棚にしまう。デートで初めて見せた方が、彼も喜ぶよ、と兄が言ってくれたからだ。
(喜んでくれるかしら…)
喜んで欲しいと思う。薫子は紅葉狩りの日を指折り数えた……。