薫子が言っていた佳亮の『彼女』が織畑のことだと分かった翌週、佳亮と薫子は織畑に誘われて、織畑の家に来ていた。戸建てが並ぶ住宅街の一角にある織畑の家は、門が煉瓦造りでアーチのかわいい門扉が付いていた。建物も英国の田舎風で、庭には花と緑が溢れていた。
インタフォンを鳴らすと玄関を開けた織畑が迎えてくれた。明るい白のブラウスに臙脂のスカートを合わせている。会社でも可愛いオフィスカジュアルを着ているが、家でも変わらないんだなと佳亮は思った。
「いらっしゃい、杉山くん。初めまして、大瀧さん」
人好きする笑みを浮かべて織畑が二人に挨拶する。佳亮はお邪魔しますと応じた。
通されたリビングは採光が良く、樺のフローリングと壁板が漆喰風の壁に合っている。ローテーブルはパイン材作られており、ぬくもりを感じることが出来た。
「まあ、座って。お茶でも出すわ」
織畑はそう言って、直ぐに冷えた紅茶を出してくれた。これを入れるとほぐれるのよ、と言ってレモンのはちみつ漬けをくれる。緊張している薫子の紅茶に入れてやった。
「あ、ありがとう、佳亮くん……」
「ふふ、いきなり他人の家では緊張しますよね」
織畑が薫子に微笑みかける。ぎこちなく笑みを返す薫子を、それでもかわいいと思った。
「それで、織畑さん。用事と言うのは…」
水曜日に織畑から急に、薫子を連れて家に来て欲しいと言われて、今に至っている。佳亮は兎も角、薫子までとは、どういう意味だろう。
「うん。まあ、それにはもう一人が来ないとお話にならないのよね…」
織畑が玄関の方を見つめてそう言った時にインタフォンが鳴って、織畑は佳亮たちをリビングに置いて出迎えに行った。直ぐに戻ってきた織畑は隣に背の高い男性を連れている。
「どうも、佐倉と言います。初めまして」
男性はリビングの入り口で佳亮たちにぺこりとお辞儀をした。応じて佳亮たちもその場で会釈する。佐倉がソファに座ると、織畑が種明かしをしてくれた。
「以前、大瀧さんに誤解させた杉山くんとのお弁当ランチ、あれ、佐倉くんのご両親とのお食事会で出すお料理を見てもらっていたのよ。その節はごめんなさいね、大瀧さん」
「あ、いいえ…」
謝罪されてしまってはそう応えるしかないだろう。織畑の話は続く。
「佐倉くんのお義母さまが兎に角お料理好きで…。流石に下手なものは出せないから、料理上手の杉山くんにご指導仰ぎました。あの後、佐倉くんのご両親とのお花見お食事会は、結局上手くいって、先週改めて佐倉くんの家にご挨拶に行ったわ」
織畑の話に心から安堵する。あの時、彼氏のご両親に食べさせなければいけないと焦っていたから、下手に褒めるのではなくて、お弁当としてどう味が出ているかを意見した。結果オーライで良かったことだ。
「良かったですね」
「おかげで印象もよく受け入れてもらえたわ。婚約したの」
そう言って、薬指の指輪を見せる。
「男の人はどうだか分からないけど、女は彼女かもって疑った相手が実のところどうなのかって、気になるもんだから、大瀧さんの誤解を徹底的に解消しておきたくて…」
私も経験あるのよ、と織畑は笑った。佐倉が織畑の言葉を継ぐ。
「今では笑い話だけどね。僕が良くランチに行く店の店員の女の子が、僕の忘れ物の鍵を渡しに追いかけて来てくれて、それがはるかの会社の近くだったから、誤解させてしまって…」
「私も不安定な時だったから、直ぐに嫉妬しちゃったのよ」
経験があるから薫子の気持ちは分かると言う。そういう配慮はありがたかった。
「薫子さん、何でも自分で決めて片付けちゃうんで、そういう機微は分からないから助かります」
佳亮が言うと織畑は、「女心は複雑よね」と薫子に笑いかけた。薫子も笑い返していた。