何時の頃からか、薫子の料理の話は食卓に上らなくなった。そしてその頃からか、薫子の視線が佳亮のことを窺うようになり、表情が冴えないことに気付いた。

あれほど楽しく話していた食卓は次第に言葉少なになっていき、「いただきます」と「ご馳走さま」以外言わない日もあった。

今日だって、佳亮が調理をしているのを置いておいて薫子はテレビに向かってゲームをしている。…と見せかけて、佳亮の方を時々窺っているのを、佳亮は調味料棚の塩を取る振りをして確認していた。

(…なんか、言いたいことでもあんのかな…)

そう思ってもう随分経つ。それでも、薫子が何かを言い出すことはなく、今日も料理が出来上がる。

「今日は、豆腐ステーキのきのこソース掛けとタコのバター炒めです」

そう言って料理をテーブルに運ぶ。薫子は何時も通り出来上がった料理に目を輝かせて、でもその次に佳亮の顔を見ると何か言いたそうにして、でも何も言わずに席に着いた。

「じゃあ」

「いただきます」

薫子は行儀よく手を合わせてから料理を食べる。これは最初から変わらない、薫子の料理に対する姿勢だ。好ましいそれを確認して、佳亮も薫子の前でタコをつまむ。うん、塩味とバターの香りが良い風味になっている。そして豆腐に箸をつけるふりをして薫子を窺い見る。すると、佳亮がしていたのと同じように、佳亮を窺っていた薫子と視線が合い、…薫子は顔を伏せてしまった。

食事の時間に沈鬱な空気が広がる。それは佳亮も気付いていた。しかし、心の中のもやもやを抱えたまま、薫子の奮闘話ににこやかに応じられない。

佳亮は、この部屋で会っている時間以外はプライベートだからと思って、詮索することをしていない。また薫子も、佳亮に自分と会っていないときにどうしてるのかとは聞かなかった。

無言の食事の時間が過ぎ、食事が終わると佳亮が皿を洗い、そして置いておいた鞄を手に取る。

「じゃあ、おやすみなさい。戸締り、気を付けて」

「うん。今日もありがとう」

元気のない顔でそう言われても…。そう思ったが言わない。理由があるのだとは分かっている。そこに自分が関係していて欲しいような、関係していて欲しくないような気がした。