「はよ、受け取れ」

「静御前さん、無茶言わないでくださいよ。私、舞どころかダンスもやったことないんですよ?」

「〝さん〟はいらん、静御前でいい。嗜(たしな)んだことがないのなら、まずは私の動きを真似るだけで構わん。ほれ、扇を持たんか」

静御前さ──静御前に促されるまま、私は舞殿に上がって扇を受け取る。その瞬間、扇は金の光を帯びた気がした。

「え……」

気のせいだろうか、心なしか扇が温かい。触れた指先からぬくもりが入り込んでくるみたいに、身体がポカポカする。それになぜか──懐かしい。

この扇の骨の硬さ、扇面(せんめん)の張り、持ち手の要(かなめ)がしっくりと手のひらに収まる感触。そのすべてに、記憶の奥底にあるなにかが揺さぶられている。

ふと、風が葉を揺らす音や虫の鳴き声が大きくなった気がした。

そして、自然の音がジャン、ジャン、ジャララランと雅な琴の音に変わる。

すると静御前が懐から扇をもうひとつ取り出し、舞い始めた。回っては回り返す動作を繰り返しながら、閉じられている扇で空をなぞったあと、今度は扇を開いて、天の恵みを乞うように両手を上げる。

さっきまで、舞う気なんてなかったはずだった。けれど……。

──懐かしい、踊りたい。

そんな感情が込み上げてきて、自然と私も静御前の動きをなぞるように身体を動かしていた。

金の扇を夜空に翳(かざ)すように泳がせれば、宵闇の中で光る月のようにこの目に映る。

いつの間にか、私は静御前の動きとシンクロするように舞っていた。生まれてこの方、舞なんて踊ったこともないのに、身体が次の動きを覚えているなんておかしい。

やがて神社の木々から剥がれ落ちるようにして紅葉が宙を旋回し、金色の光となって天へと昇っていく。