『おおーい、こっち持って
合図したら、一斉に歩調を
合わせて、まわるからー。』

『ナラク』から
男の人の声がする。


舞台の下って 言っても、
山の坂を 上手く使って舞台小屋を立ててるから、舞台は2階ぐらいの高さにあって、坂の底になる
1階が『ナラク』になってた。

昔の人、すごい!

ユキノジョウは、控え小屋の
引き戸をぬいた、窓ヘリに腕を
かけて、ナラクからの大きな声に 後ろを振りかえる。

そんな ユキノジョウに、
よそ見すんなって感じで、

「ユキノジョウ!
おまえもやるか?白波5人男!」

声が すぐ斜め上から 降った。

ユキノジョウが 向き直すと、
白ぬりの 化粧をしている、
カイトが 手のヘラを 見せて笑う。

「やるか!!全然、
中身、わかんないだろー!」

ユキノジョウは、あわてて
否定した。
冗談じゃないってーの。

でも、カイトは
まだ白くしてないアゴを くいっとして、女子達を 見やがる。

キャーキャー 言ってる
女子の 中には、ユリヤが見えて、
ユキノジョウは わざと、
口をゆがます。

「やれば、女子にモテんぞ!
たいてい、次の日に
1人は告ってくるしな!」

カイトの その 言葉で、とたんに
ユキノジョウは、自分の両目が
大きく開いたのに
びっくりした。

最悪だ!!すげー最悪だ!!

「カイト。しょーもない事いうな」

ようやく アゴを 白くぬり始めて
カイトが、悪そうな顔で
アハハって また笑い やがる。

たった半日、一緒に作業しただけのヤツに バレるのは 最悪だ!!


最初、ユキノジョウは
すごく、アウェイな 場所に
来たって 思った。

でも、副女さんの持ってきた
Tシャツの 威力は デカかった
のだ。

「おまえ、どこの子ども会?」

突然だった。

『ボランティアの子達は、ここの
子ども会の人達と、幕張りと
机 出ししてくださーい。』

リーダースタッフさんが、
ユキノジョウ達 ボランティア
や、ここの子ども会や、
青年会とかに、作業を伝えると、
すぐに ユキノジョウは 声を
かけられた。

「神戸。オレは5年だ。」

ユキノジョウは、声をかけてきた
同じ位の男子に答えた。

「オレ6年。ガムテープに、
下の名前 書いて貼っとけ。
幕と机、入れてる倉庫、いく。」

そう言って、ガムテープと
黒マジックを投げてきたソイツの
Tシャツには 子ども会の名前と、
『カイト』ってガムテープが
貼ってた。

中学生なんだろう、お兄さん達。
それを手伝って、
男女混ぜ混ぜで、カイト達と
ユキノジョウ達は 小屋や、鳥居に
机を出していく。


『わざわざ、そろいの Tシャツ
作る意味?そりゃ 着てりゃ、
似たような団体のヤツだって
分かるやんなあ?
人間は、似た外見してりゃ、
心開きやすいし、
ひとくくりになりやすい。
あんたらも、その内わかるよ。
そろいの制服、ジャージ、
うちわ、タオル、Tシャツが
作る、仲間意識ってヤツ。』

そんな、事務さんのセリフを
ユキノジョウは、すぐに
思い出した。

こんなに単純な モノ が、
ユキノジョウって よそ者を
なんとなく、ひとくくりに
入れてくれる 不思議さ。

これか!事務さんの 言ってた事!

「ユキノジョウ!
1人で1個、机もてるか?」

カイトは、ここの子ども会の
リーダー的な ヤツだ。6年だしな。
ユキノジョウは なんとか机を
持ち上げて 小屋に運ぶ。

芝生の階段に合わせて、段々に
作られた 小屋の引き戸を外して、
机を立てる。
ここが 控えになる。

芝生の階段に、虫干ししていた
着物は、副女さんと ユキノジョウの母親達が、表にしたら、
後で、ユリヤ達 女子達が
木の箱に直していく。


この 神様の 場所に ある
昔話な、『かやぶき』の建物は、
農村歌舞伎の 舞台 とかで、

その台本が 昔からずっと残って
るって、カイトに 聞いた。

こんな、山の舞台で出来る演目が
200以上あって、今でも20演目は
するって、驚く。意味わからね。

それより、虫干しの着物は 全部
衣装で、750以上は 残ってるん
だとか。すげー。
そんで、それを教えてくれる
カイトも すげー。

ボランティアに来てた、
おじさんの中には、
『小道具に 元禄時代の鐘が
ふつうに あるって 凄いです!!』って、騒いでた。

それにしても、
着物は たくさんあるけど、
保存が大変なんだろう。
虫がけっこう いてたぞ。
モゾモゾって、かゆくなる。

お昼ごはんに なって、
カイト達が、ユキノジョウ達を
棚の田んぼの、
もっと上にある 取っておきの
場所に連れ行って くれた。

女子達も一緒だから、
ゆっくり上がる。

鳥居の横に、すごい勢いで流れてる山の水があって、
その水路をたどり、上る。

そしたら、ぐっと棚がせり出した
所がある。
えーっと、ほら テレビで見た
外国のホテルの高い場所のプール!
あんな 棚の田んぼのふち!

「ほら、マチュピチュみたいだろ?行ったことねーけど、
大人が言うんだぞ、『日本の
マチュピチュみたいだ』ってよ!」

副女さんがバスで言ってた。

ユキノジョウも 行った事ない
マチュピチュは分からないけど、
すごい爽快で、
まるで
青い 棚の田んぼ に
浮かんでる 雲の気分だ。

ユリヤとアコも はしゃいで、
2人とも 棚のはじっこで、
両手を 大きく ひらげている。

そう!飛べそうなんだ!

ああ、船のはじで手、広げるヤツ
あんな気持ちかもな、、
ユリヤの背中をみてて、思った。


『ユリヤちゃーん、
アコちゃーん!ごはん 食べよー』

女子達の何人かが、呼んでる。
手に 長い木の箱を 持ってるんだ
けど、あれってさ、弁当箱か?

「あの箱って、弁当箱?
デカイなあ。」

ユキノジョウが聞くと、

「歌舞伎んときは、『わりご弁当』食べながら見るんだぞ。オレらは
出るから、昼めしにって、子ども会の母さん達が 持たしてくれた。」

ラーメンの配達の 入れ物が、
木で出来てて、中に 積み木みたい
木の弁当があった。

「台形だ!」

アコが、木の弁当箱の形に
声を上げた。だよな、パズルみたいに、弁当が入ってんだもん。

「いいの?うちは、ここの
子ども会じゃないから、、」

ユリヤが、女子の1人に遠慮して
話してる。あの女子も6年か。

『いいって。ユリヤちゃん達の分は、うちらのお母さん達のん。
お母さん達は、ユリヤちゃん達の
お母さん達と、カフェランチ
するって、喜んでたー。』

そっか。バス停の横にあるお店で、ランチするって言ってたかも。

「わざわざ 古民家カフェでメシ
する事ないかんな、テンション
あがっとったな!」

カイトが、その女子に 声かけて、
ユキノジョウの分の『わりご弁当』を持ってきた。

おにぎりだと思ってたのは、
お酢のご飯を 四角型に ぬいてた。
このお米も、この田んぼの
なんだろうか?
よくわからないけど、
食べると、元気になる 弁当だ。

そんな、大きくないから
ユリヤも食べきれるな。

『トマトと、キュウリ、うりある
から、水路に 冷やしとくなー』

網に 野菜を 入れて、
4年の男子が カイトに叫ぶ。
すぐ、カイトが そっちに
見に行った。
1番上が、下のめんどうを
見るんだってよ。

うり?

ユリヤが ユキノジョウの所に
寄ってきた。

「ユキ君、もっと上に、共同の
洗い場あるんだって、ご飯たべ
たら、
女子はお弁当の木の箱洗うって。」

「じゃあ ユリと、
アコは そっちだな。」

オレら男子は 舞台の装置を
大人が動かすのを 見に行く。
カイト達が、やり方を覚えに行く
からだ。

「どうかな。アコちゃんは、
同い年の男子と 下に行くって。」

え、アコ、あいつ。

「へー、アコちゃん、
『竹のアート』に見に行くんか。
デートやなあ。」

ニマニマしながら、カイトが
戻ってくる。
入れ替わりで、ユリヤは女子に
呼ばれて行ってしまう。

作業してると、あんま一緒じゃないのは、仕方ないかあ。

「ユキノジョウ達、バス停から
下を見たろ?あの下の方に、
芸術祭になったら 竹をつかった
空間ができるんや。
棚田が見えて、ええで。
すぐ見えるとこやから、
中学年でも 大丈夫やろ。」

カイトが教えてくれたけど、
なんだよ アコは、ちゃっかりしてんな。

「じゃあ、オレもユリと
行こっかな。」

隣に座るカイトに、場所を
教えてくれるかと 聞いたら、
ユキノジョウと、ユリヤは
小道具を動かす 係だから、
練習あるって、ダメ出しされた。




『ハイ!!じゃあ、今度は
人が乗って、装置が乗ってる状態で、回します。せーの!!』

ナラクの底から 男の人達の 声が、
聞こえて、ギッギッって 低く音がする。

「なあ、カイト」

そう ユキノジョウが
窓へりから カイトを見ると、

控え小屋で、
白ぬり化粧が 胸や背中にも
終わった カイトが、カツラを
したところだった。

どこかで、女子の声がする。

腰に落として いた、
青紫の着物を たくしあげて、
そでを とおして、
立ち上がった 姿。

今日1日 ユキノジョウと、
一緒にいた 6年のカイトは、
どこかに 消えて

ベンテンコゾウキクノスケって、
ヤツになっていた。