「そうだね、フォンの言う通り。今度こそしっかりとすり潰して、二度とフォンに、ギルディアの街に寄って来られないように脳味噌に刻み込んでやらないと」
「いや、そうじゃなくて。そんな乱暴はしないよ」

 クロエも同意だったが、意図するところはフォンとは全く違った。
 部屋の奥に入ってきて、微塵の猶予も与えないままにカレンを殺す気満々のクロエだったが、フォンは両掌を振り、彼女と全く違う思惑があることを伝えた。

「カレンは、僕達が悪事を働いているって聞いたから成敗しにきたと言ってた。僕達の身に覚えがなければ、それは誰かがてきとうに吹聴してるか……嘘を吹き込んだかだ」

 彼は、彼女の襲撃が、全てカレンの思考の下で成り立っているとは思っていなかった。
 悪党を倒すとだけ言って襲いかかってきたのなら、まだ彼女が、フォンが正しい忍者であると納得いっていない可能性もあった。だが、悪事をどこかで聞いたから攻撃してきたなら、どこかでフォン達の虚偽の情報を垂れ流している者がいるのだ。
 フォンに恨みを持っているか、フォンを殺そうと企んでいる者が、背後に。

「吹き込んだ? 何の為に?」

「理由はともかく、偽りの悪行を吹き込んだ人は僕に恨みを持っているはず。そいつは僕とカレンのトラブルをどこかで見ていて、使えると判断したんだ。僕とカレンを戦わせて、あわよくば双方共倒れになるように仕向けたんだよ」

 もしもカレンとフォンの関係性を知る機会があるとすれば、昨日の朝方に起きた騒動だろう。忍術同士のぶつけ合いだけを見れば、敵対関係にあると思って差し支えない。
 第三者の存在が明るみになる中で、クロエには一つの疑問が浮かぶ。

「それは間抜けすぎない? カレンがあたし達に半殺しにされて、真相を話したら?」

 カレンの自白という危険性。それすらも犯人は対処していると、フォンは読んでいた。

「僕が見たところ、カレンは窮地に追い込まれた時、逃げ腰になる傾向がある。忍者によっては、さっきみたいな状況に追い込まれても何としても敵を討つ人もいるけど、カレンはまず当てはまらない。命を捨てる勇気は、彼女にはない」
「半殺しにされる前に、すたこらさっさってわけね。そんな奴を唆したってことは、フォンやあたし達を本気で殺すつもりってよりは、殺せればラッキーってとこかな?」
「カレンの実力を見誤ってなければ……絶対に殺せると思ってなければ、そうかもね」

 もしも、本気でカレンの実力がフォンと拮抗していると思い込んだ末の作戦であれば、立案者はなかなかの間抜けである。彼でなくとも、一度の手合わせで実力を決め込み、どこから湧いて出たか分からない確信に任せて暗殺を決行するとは。
 今のところは、ちょっかいをかけるべくカレンを嗾けたと考えるのが無難である。ただ、嫌がらせの道具に使われたカレンには、相応の未来が待ち構えているのだ。

「仮に僕がカレンを殺せば、真相は闇の中。真犯人からすれば何のデメリットもない。もしも半端に逃げおおせても、彼女を追っているのは僕達だけじゃない――彼女とトラブルを抱えている連中がいるからね」

 作戦に失敗した場合、黒幕が処理しなくても、カレンを恨んでいる者に任せれば良い。
 幸い、カレンには怨恨の種があった。子供にぶつかったというだけで殴りつけた結果、体を焼かれたという酷く大きな恨みを持つ連中が、この街に。

「……マルモ一家に、始末を任せるつもりで!?」

 つまり、悪名高いマルモ一家だ。彼らがカレンを見つければ、嬉々として捕まえようとするし、その時はきっと三対一では済まない。圧倒的な数の暴力で制圧するだろう。
 そうなれば、彼女には死よりも恐ろしい災難が待ち構えていることになる。

「真犯人、頭いい。忍者を道具として使う。けど、卑怯、サーシャ、嫌い」
「そうだね、忍者を道具として見るなら、正しい使い方だ……けど、彼女はまだ未熟な忍者だ。そんな終わりは迎えさせない」
「ってことは、フォンはカレンを助けるつもりで?」

 振り返り、フォンはさも当然であるかのように言った。

「最初から、そのつもりだよ。二人が良ければだけど、探すのを手伝ってくれるかな?」

 自分の命を狙い、散々罵ってきた相手を、それでもフォンは助けるつもりだ。
 どうしようもないほど善人で、ともすれば愚かとすら形容されてしまうほどの優しさを、クロエもサーシャも知っていた。だから、二人は当たり前のように返事をした。

「サーシャ、手伝う」
「……しょうがないな、フォンは。こういうのは、今回きりだからね」

 呆れるくらい、くすりと笑った二人に、フォンは微笑み返した。

「ありがとう。それじゃあ、早速探しに行こう……といっても、あてはあるけど」
「あてって、どこに?」

 クロエとサーシャの頭には浮かばないが、フォンは大まかに察していた。ある意味では一番残酷な発想ができるフォンだからこそ、思い浮かぶ最悪のあて。

「マルモ一家の根城さ。遅かれ早かれ、彼女はきっと捕まってしまうから――」

 フォンがマルモ一家の根城に赴くと告げようとするより先に、廊下からどたどたと喧しい音が響いてきたかと思うと、チリチリパーマの髪型の女性が部屋に飛び込んできた。

「――こらああぁぁッ! 部屋になんてことしてくれてんだい、あんた達はぁッ!」

 この宿の家主であるおばさんの怒声の原因を、彼らは理解した。

「…………あっ」

 同時に、三人は、壁の穴と割れた窓の修理費を払わなければならないと悟った。