「呼んだかえ」
部屋に入ってきたシルビアが、だるそうな声で尋ねた。
彼女は頭にスラを乗せ、ハクを引き連れて、ゆっくりと部屋に入ってきた。
「ガゥ!<起きた! ジークベルト!>」
「ピッ!<主、仕事した!>」
二匹が、俺のベッドに飛び乗ると各々に報告してくる。
スラの体が一回り小さくなっていることに気づいた俺は、驚いて彼を見つめた。
「スラ、お前……どうしたんだ?」
「ピッ<ユリウス、心配。体分けた>」
スラの言葉に俺は驚き、しばらく言葉を失った。
セラの時の行動もそうだったけど、スラはどうやら感情移入しやすい性格のようだ。
俺が注意しないと、次から次へと体を分けてしまい、スラ自身が危険にさらされるかもしれない。
「ガゥ?<スラ、大丈夫?>」
俺の表情を読み取ったハクが、俺に問いかけてきた。
俺は苦笑いして、「大丈夫だよ」と、安心させるように二匹の頭をわしゃわしゃと優しくなでた。
一方、ディアーナは、突如として現れたシルビアの登場に困惑を隠せない様子でいた。
「ジークベルト様?」
「なんじゃ、小娘」
ディアーナが俺へ助けを求めて呼びかけるも、シルビアがそれを阻止する。
その攻防をもうしばらく見ていたい気持ちだったが、時間が差し迫っている現実との間で、俺は終止符を打つべく声をかけることにした。
「シルビア、『白狼の加護』について、ディアに説明してほしいんだ」
「むっ。妾がかけた加護ではないからのう。予測になるのじゃが?」
俺のお願いに、シルビアは一瞬、戸惑った表情を浮かべる。
「俺よりも適任だと思うんだけど」
「ジークベルト様、私、お話についていけません。どうして、シルビア様が適任なのでしょう」
そう問いかけたディアーナの金の瞳は疑問で満ちており、彼女の口元は固く結ばれている。
ディアーナが俺たちの会話の意味を理解できない様子を見て、シルビアは呆れた口調で言った。
「お主、まだ話してないのかえ」
「話す途中で、シルビアが来たからね」
俺はなんとも言えない表情で、シルビアに答え、ディアーナに向き合う。
「えーと。なんていうのかな、シルビアは、神話にでてくる白狼の妹なんだ。血縁者が話した方がいいと思ったんだ。僕の『鑑定眼』も不安定でね。すべてを見通せるわけじゃないんだ」
「むっ。まだ、主様の干渉が続いておるのかえ」
シルビアが驚愕した様子で、俺に問いかけたので、俺はそれを肯定するように深くうなずいた。
その真横でディアーナが、「えっ、あのっ。えっ……」と驚き混じりの声を上げていた。
彼女の金の瞳が広がり、シルビアを見つめると、「シルビア様が、白狼の妹?」とささやく。
ディアーナは一瞬考え込んだ後、金の瞳を見開いて言った。
「つまり、初代エスタニア王の叔母ということですか。そうとなれば、私とシルビア様は、先祖が同じ……」
しかし、ディアーナの驚きはそこで止まらない。「えっ、でも、白狼の妹……」と彼女はつぶやいた。
そして再びシルビアを見つめて、彼女は考え込んだ。
「シルビア様は、白狼になるのかしら。あら、シルビア様は、いつジークベルト様から呼び出しをされたのかしら。これは聞いてはいけないことなのかしら」
ディアーナの独り言に、シルビアは眉をひそめて指摘する。
「小娘、言いたい放題じゃな」
「私、声に出してっ」
ディアーナは頬を赤くして口元を覆った。
その慌てようを見て、シルビアが口元をゆるめ、微笑んだ。
そして、誇らしげに胸を張り、力強く宣言する。
「妾は、いろいろあって、本来の姿を封印されておるのじゃ。本来は神獣である白狼であり、小娘より偉いのじゃ!」
「シルビア、本来の姿を封印されている理由を『いろいろあって』とか、言い訳が見苦しいよ」
ジークベルトは苦笑いしながら、興奮状態のシルビアに言った。
「むっ。お主は黙っておれ! 本来なら人と交わることのない高貴な身分である妾は、ぐふっ」
「はいはい。少し黙ろうね」
シルビアが口うるさくなるのが目に見えてわかったので、俺は『遠吠え禁止』を発動し、彼女の口を封じた。
ディアーナは、口をパクパクと動かすシルビアを見つめ、一瞬だけ俺に視線を向けた後、再びシルビアに視線を戻し、同情するような眼差しを送った。
それに気づいたシルビアは、涙を浮かべながら俺に訴えてくるが、俺はそれを無視する。
余計なことに時間を費やす余裕はないんだよ。時間がね。
俺の圧力を感じ取ったのか、シルビアは一瞬、顔を歪めた。そして表情を抑えると静止した。