「──ということじゃ」
幼女こと、シルビアの説明に、俺は「なるほど」と相槌をうち「面倒だな。ディアの覚醒にも色々と条件があるのか?」と、再確認も含めて尋ねた。
シルビアは大きくうなずく。
「うむ。そのディアという小娘は、覚醒に値する器なのかえ?」
「器に値するから、能力が付与されたんだろう」
シルビアが、人差し指を立て「チッチッチッ」と口を鳴らしながら指を左右に振る。
「おぬしは、単純じゃのう。特に先天的能力は、その者に合うか合わないかで付与されているわけではない。ぐふっ」
その得意げな顔と態度に、なんとなく腹が立ったので、俺はシルビアの顔面を手で覆う。
「何をするのじゃ!」
「あっ、悪い。無性に腹が立ったので」
「おぬし! 妾は、身体は小さくなったが、神界でも指折りの絶世の美女なのじゃぞ! その顔になんたる非道!」
「美女? どこに?」
俺がわざとらしく周囲を見渡す。
シルビアが、奇声のような声を出して否定した。
「ぐふっ、ここにおるではないか!」
その形相に、自称絶世の美女が聞いて呆れる。
ぐふっとか言っている時点で、駄目だわ。
ギャーギャー、ほざいているが、無視だ。無視。
それにしても、こいつを連れ歩くのか……。
一旦、屋敷に……。
いや、マリー姉様たちに迷惑がかかる。却下だ。
黙っていれば、何とかなるか?
未だ騒いでいるシルビアを見て、黙ることは無理だと悟る。
そこに『ご主人様、駄犬を黙らせる方法がありますが』とヘルプ機能から素晴らしい提案が入る。
その内容に俺は『おー!』と、心の中で拍手をする。
シルビアの元の飼い主、主様の加護がそれを可能としたらしい。
さて、対策はできたし、シルビアを連れて、神殿を出ることにする。
ヨハンをひとりにして、二時間弱。
昼寝から起床して、俺がいないことに不安になっているかもしれない。
騒いでいたシルビアの首元を掴む。
「ぐふっ!?」
これはシルビアの口癖かと、だったら慣れるしかないなぁと、考えながらシルビアを引っ張りながら、神殿の外に出た。
シルビアにとって、五百年振りの外だ。
いくらシルビアでも、感慨深いよねと様子を窺うが、その目は驚きに満ちていた。
思ってもいないその反応に俺は「えっ?」と首を傾ける。
シルビアは、俺の元から離れると、湖の脇まで走って行き、声を上げた。
「! みっ、みずーーーー! 何故!? 何故、水に囲まれているのじゃ!」
「湖だからね」
俺のツッコミに、シルビアが興奮した状態で叫ぶ。
「なぬっ。湖だと!? 妾は知らん! 主様に内緒で地上に下りた時は、湖などなかったのじゃ!」
「五百年経ってるから、湖ぐらいできんじゃない」
「むぅ。そうか……。じゃとしても、ここからどうやってでるのじゃ。まっ、まさか! 泳ぐのかえ!? むっ、むりじゃ、妾は泳げん。泳ぐぐらいなら、神殿に戻る!」
湖に背を向けたシルビアは、一目散に神殿の中に向かう。
その姿を目で追いながら、俺は告げる。
「神殿に戻るのか。お好きにどうぞ」
「仮主のおぬしも一緒に戻るのじゃ。神殿は快適じゃぞ。誰もおらぬが、食事も風呂も自動で用意される。望めば主様が禁止した物以外なら何でも手に入るのじゃ。菓子や遊具、本や魔法書なども全てじゃ」
「おまえ、悠々自適な生活送ってたんだな……」
ほんの少しでも同情した俺の気持ちを返して欲しい。
俺の軽蔑した視線に気づいたシルビアが、言い訳するように口をひらく。
「うっ、じゃが、誰にも会えん。話し相手がおらんのじゃ。虚しく、寂しかったのじゃ……」
言葉にしてその情景を思い出したのか、その小さな体を縮め、孤独を噛み締めた。
その姿に、かわいそうだと思ってしまう。
はぁー。
俺は額をポリポリとかきながら、シルビアへ向けて手を差し出す。
「俺は、空を飛んで行くけど、どうする?」
***
「手を、手を放すのではないぞ」
「はいはい。手は放さないから、少し離れようか」
「!! 何故じゃ! 妾は、はじめてなのじゃ、優しく、優しくしてたまもう」
「優しくも何も、飛びにくいんだよ」
「むっ、無理じゃ! これ以上は、離れることはできん! おぬし、落ちたら水なのじゃぞ」
俺が離れると思ったのか、シルビアは、先ほどよりも近く俺にしがみつく。
動きづらいったらありゃしない。
かれこれ数十分。このようなやりとりが続いている。
本来であれば、陸に着いているはずだ。
あの時のしおらしさは、どこにいったのだ。
「そんな目で見ても駄目じゃ! 妾はこれ以上の譲歩はせんぞ!」
「わーってる。ほら、もう陸が見えた。あと少しだ。頑張れ」
「きゅ、きゅうに優しくなるのは、卑怯じゃぞ」
俺の言葉に、シルビアが顔を真っ赤すると、急に大人しくなる。
おっ、動きやすくなった。
好機だ。
飛ぶスピードを一気に上げ、加速する。
シルビアが驚いて、ワタワタと動いているが、加速すればこちらのものだ。
一気に魔テントの上空までたどり着き、周囲に魔物がいないことを確認して、降り立つ。
「やっ、やっと、地に足がつく! ここまで長かった、長かったのじゃ……。うっ、う、うーー」
ヘナヘナと、腰を下ろし、半泣き状態で、地面に手をつく幼女。
初飛行で、下は苦手な水。極度の緊張状態だったのだろう。
少しすれば立ち直るだろうと見越し、シルビアを放置して、魔テントにかけられた術を確認する。
術は解けておらず、ヨハン自身が外に出ようとした形跡もなかったことに安心する。
「ただいま」
「ジークベルト、どこに行っていたんだ。遅いぞ! パンケーキを一緒に食べようと待ってたんだぞ!」
魔テント内に入ると、ヨハンが勢いよく俺に飛びついてきた。
言葉とは裏腹に、心配させたようだ。
ギュッと力強く、俺の腰に腕を回しているが、その手は僅かに震えていた。
「心配かけて、ごめんね」と、頭を数度撫でると、ヨハンが上目遣いで「心配したぞ」と口にして、頭をぐりぐりと押し付ける。
なにこの生き物。
可愛すぎるだろ。弟、めっちゃ可愛い。
俺がデレーッと、鼻を伸ばしていると、そこに邪魔が入った。
「おぬしら何をしておるのじゃ?」
「ん? おまえだれだ?」
「小童が、妾に……!?」
口をハクハクさせたシルビアは、声が出ないことに驚いている。
その様子にヨハンが、疑問を投げかける。
「ジークベルト、こいつどうしたんだ?」
「お腹の調子が悪いようで、恥ずかしがって声が出ないようなんだ」
「!?」
「そうなのか。トイレはあっちだぞ」
シルビアが首を横に振り、猛烈に拒否するが、俺は満面の笑みでトイレを指して『命令』した。
「シルビア、いっておいで」
「!!」
体が勝手に動くことに戸惑いを隠せないシルビアは、口をハクハクさせたままトイレに入っていく。
これも主様の加護のおかげだ。
一日に一回、絶対『命令』が発動できるのだ。
ヘルプ機能、よく見つけてくれた。
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ご主人様のお役に立て、嬉しいです。
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『どういうことじゃ!』
『シルビア、悪いが、ヨハンに説明するまでそこにいてくれ』
『そういうことではないのじゃ! 何故、妾の声がでんのじゃ!』
『あぁ、それ。主様の加護でついた『遠吠え禁止』機能だ。シルビアの声をオン・オフできるんだ。便利だろ』
『なっ、なっ! まっ、まさか、身体が勝手に動いたのも……』
『そう。それも主様の加護でついた便利機能』
『ひっ、酷いのじゃーー!』
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駄犬が、ギャーギャーと五月蠅い。
ご主人様の邪魔をするのではない。
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『なんじゃ、この頭に響く失礼な声は? 誰じゃ!』
『俺の鑑定眼のヘルプ機能だ。とても優秀なんだ』
『鑑定眼のヘルプ機能じゃと!? そんなはずあるはずないのじゃ!』
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あるのだよ。
駄犬には到底思いつかない。
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『なんじゃとぉ……この気配、まさか!?』
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駄犬が無駄に知識を持っていると厄介ですね。
ご主人様、申し訳ございません。
勝手ながら、駄犬との念話を強制的に切らして頂きました。
ご主人様、私めに駄犬の調教許可を頂きたいのですが、宜しいでしょうか。
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いいけど、ほどほどにね。
あと君の正体は、まだまだ先でいいので、その辺も考慮してくれると有難い。
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承知しました。
私も、まだご主人様にお伝えするわけにはいきませんので、大変有難い申し出でございます。
では、少々お時間を頂きたいと存じます。
駄犬にどちらが、格上か分からせます。
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俺の魔力量が増えるにつれ、ヘルプ機能ができることも増えたようだ。
すでに鑑定眼のヘルプ機能の能力を逸脱している。
そこは俺だからで、もうほとんど突っ込まないことにしている。
そろそろ、ヘルプ機能の名前も決めないとなぁ。
その前に、ヨハンにシルビアの説明だ。
最低でもあと二日は行動を共にするので、受け入れてもらわないと。
ヘルプ機能の調教に期待しつつ、共に行動する理由と俺のそばにいても怪しまれない理由を考える。
「ジークベルト、あいつ大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫だよ。森に迷い込んで、そこら辺の物を口にしたようなんだ」
「もしかして、おれたちと一緒か?」
「ん? あぁ、そうみたいだ。この国とは違うところから来たみたいだ」
「だから、ジークベルトが外に出ていったんだな」
「あぁ、そうだよ」
「ジークベルトは、すっげぇーな!」
ヨハンがキラキラした目で俺を見ている。
なんだか都合よく解釈してくれたようだ。
その眼差しに、いたたまれない気持ちになるが、グッとそれを抑え、俺は踏み止まる。
いいように勘違いしてくれたので、それに乗っかることにする。
ヴィリー叔父さんたちには、他の理由……。
いや正直に話すべきかもしれない。
どこまで話すか、そこも合流するまでに考えよう。
とりあえず、今日の報告に同行者が一人増えたことを伝えよう。
モフッモフッと、口いっぱいにパンケーキを頬張っている可愛い弟分の幸せそうな顔に、トイレの奥で、調教を受けているだろう問題児のことを今は忘れることにした。