「……すごく綺麗なメロディだね」

 ワンフレーズを弾き終えると、それまで黙って目を閉じていた咲果がゆっくりと口を開いた。僕はまた「別に」と返す。ただ今回は、そこにほんの少し動揺が混じってしまった。

 じーちゃんとばーちゃん以外の誰かに、ギターを聞かせたことは一度もない。今の学校では当然だが、以前通っていた高校でも僕がギターを弾けるということを知っている人物はひとりもいなかった。そもそも僕のイメージに、ギターや音楽自体が不釣り合いだったというのもあるのだろう。
 だからこそ、こうして彼女の前で何も考えずにギターを弾けたことに、僕は小さな驚きを覚えていた。すでに目撃されているからだろうか。それでも、誰かに自分が紡ぎ出したメロディを綺麗と表現されたことは、僕にとって初めての経験だったのだ。

「歌詞はないの?」
「……今浮かんだだけだし」

 僕は歌を作るためにギターを弾いているわけではない。思い浮かんだメロディを即興で演奏するだけだし、そこに言葉をのせるときだって口からでまかせ状態だ。とどのつまり、歌と呼べるようなものを僕は作ったことがない。
 そのことをかいつまんで話せば、咲果はもともと大きなその瞳をさらにくるりと見開いて、口をパクパクさせた。

「もしかして、天才なの……?」

 あまりにも短絡的な思考と言葉に、僕は眉を寄せる。天才、って久しぶりに聞いたけど。小学生の頃、みんながそろって馬鹿の一つ覚えのように「天才」という言葉を乱用していたっけ。何かにつけて口にしていたその二文字。それが持つニュアンスや響きは、小学生の感性にピタリとはまっていたのだろう。

「もしかして、一度聞いた音楽を弾けたりもする?」

 興奮を抑えるように、彼女は問う。昨夜と同じく、鼻先と頬がほんのりと赤い。しかし今日は目を爛々と輝かせているから、ピンク色の正体は寒さのせいだけじゃないのかもしれない。
 僕は彼女の質問に答える代わりにギターを構え直し、指を弦にそっと押し当てた。

 うちの学校では毎朝、約二十分間にわたり校内放送で校歌が響き渡る。ノイローゼになりそうなエンドレスリピートに最初は辟易していたが、しばらくすれば他のクラスメイト同様、僕の耳もついに慣れてしまった。
 人間の体というのは、本当に便利なものだ。嫌というほどに刷り込まれたメロディは、いとも簡単に脳内でギターコードへと変換される。あとはそれを指でなぞるだけ。
 僕なんかよりも長く、あのリピート地獄の中で生活してきただけはある。咲果はイントロだけで「わ、校歌だ!」と小さく喜びの声をあげ、すごいすごいとはしゃいだように手を叩いた。

 しかし、本当に驚かされたのは僕の方だった。

 僕のギターの音色が響き、そこに透き通るような、どこまでも突き抜けるような、そんな歌声が重なったのだ。