棘を持つものは、保身能力に長けている。ハリネズミやハリセンボンは危険を察知したときには体の表面に棘を起こし、栗のイガや海の底にいるウニは常に棘をまとうことで中にある大切なものを守っている。
 それでは、皮膚に棘を持たない人間である僕らはどうしたいいのか。答えは簡単だ。目には見えないが確かに存在する人工的な棘を、自ら作っていけばいい。

「やっぱり、今夜も来てたんだね」

 ジャリ、と靴底に小さな石が擦れた音のあと、落ち着いた声が響いた。
 昨日と同じ時間帯、同じ場所。夜の公園で僕はギターを抱えていた。それでも演奏する気にはなれなくて、ただただぼーっと流れる川を眺めていただけだ。

 なんとなく、彼女は今日もここへやってくるような気がしていた。今日の僕の態度は、自分でも思っていた以上に鋭い棘をまとっていたと思う。普通ならば、誰だって自然と離れていくはずだ。だけど彼女に至っては、その〝普通〟があてはまらないことに僕はなんとなく気付いていたのかもしれない。

「別に」

 今夜の三文字は、戸惑いも感情もなく冷たく響く。不思議なものだ。同じ言葉でも発する度に違う色を持つ。心と体が直結しているというのは、やはり本当のことなのだろう。
 彼女は今夜もごく自然な様子で、昨日と同じ場所へと腰を下ろした。それでも何かを言うわけではない。ただただ僕と同じように、目の前を流れていく川を眺めていた。

 どれほどそうしていただろうか。水が流れる音というのは鎮静作用があるのかもしれない。ふと、その中にメロディのようなものを見つけ、何の気なしに弦を弾いた。
 ひとつ、ふたつ、音が連なり音階を作り上げる。それは僕にとってはごく自然な日常の一部で、浮かぶものをそのまま指に乗せているだけだ。名前もない、ただのメロディ。歌詞も意味もない、音の羅列。それでも確かに、僕はその音たちに、そしてその行為自体にどこか癒やされているところがあるのも事実だった。