数日後、日向さんに挨拶も済ませ、自分も花屋に復帰することになり3人での営業が始まった。少し気になるめいさんのことは真心に任せるので心配はない。最初の1ヶ月はほとんど雑用みたいなものしかしないし、何かあったら随時報告してくれることになったいる。めいさんの方からもちょくちょくメッセージが来るようになった。その内容は仕事のことではなくほとんどが真心に対することで、直接本人に聞いたらと返信したら、聞けたら自分にはメッセージを送らないと返信があった。個人的にはしっかりとコミュニケーションをとって欲しいところだが真心に聞いても、仕事に関して問題はないらしいのでまあいいか。

今日は日向さんに前々から頼まれていた授業をする日だ。授業すると言っても自由参加なので1人も来ない可能性だってある。小中高と年齢もバラバラなのであまり専門的で知識的なことはできない。後々、分けてもらおうとは思うが愛が慣れるまでは一括りにしてもらうしかない。結さんの許可も要る。難しすぎる内容はひとまず避けるようにしないと。

子どもたちとは何度も顔を合わせているから緊張はない。準備も完璧にしたはず。午後になり、お昼のピークを過ぎた頃、

「じゃあ、行って来ますね。」

結さんと愛にお店を任せて病院の最上階に向かった。今日が土曜日と言うこともあってか初回にしては結構いい人数が集まった。さらに見たことのない顔がちらほら。後ろには保護者の方もいた。その保護者の人の中に紛れて1人よく見たことのある顔も見つけた。

「なんでここにいるんだよ、隼人。」

「いいじゃんか。お見舞いのついでに来てやったんだよ。と言うより最初に俺のこと呼んだのはあんただったろ。」

確かにそんなこと言ったような気はする。ここ数日いろいろと忙しくて忘れていた。隼人の隣には車椅子に乗った女の子がいた。自分は隼人を呼び、耳元でささやく。

「あの子がいつも必ずお見舞いに行く女の子?」

「悪いかよ。」

「いや可愛い子だなってさ。彼女?」

「・・・違わない。」

小さくて聞こえなかったが反応を見る限りそうらしい。うぶな反応が少しうらやましい。

「じゃあ、俺も頑張るから、よく彼女のこと見ておくんだよ。たまに助けてもらったりもするから。よろしくな。」

そう言ってニヤニヤしながら隼人の頭を撫でた。隼人は少し照れているようだが少し頷いていた。予想していなかった人数と保護者の登場も隼人のおかげで少しだけリラックスできた。

授業の時間は40分程度。子どもたちの体調を見ながら無理のない時間にした。そして、かならず2人以上の病院関係者の人が待機している状況を日向さんにお願いした。何かあったとき自分ではあまりに力不足だから。今日は中村先生とあともう1人の担当みたいだ。今日は初回ということでほとんどが自己紹介で終わった。質問コーナーのようなことをしていたら、時間が過ぎてしまっていた。子どもたちはどこか楽しげで元気だった。ちなみに、隼人の彼女さんは井上さくらというらしい。さくらは自己紹介にもかかわらず何かメモを取っていた。時折隼人と目を合わせて笑っていた。

授業の時間が終わり花屋に戻ろうとすると中村先生が話しかけて来た。

「寛くん、お疲れ様。終わったら医院長室にくるようにって日向先生が言ってたよ。」

と、自分に伝え、笑顔で去っていった。中村先生の伝言通り委員長室に向かった。

「今、終わりました。」

医院長室に入ると少し真剣な面持ちの日向さんがいた。自分に気づくと少し焦ったのか少し表情の固い笑顔で迎えてくれた。

「そうか。お疲れ様。」

「すいません。タイミング悪かったですか?」

「問題ないよ。どうだった?初日は?」

「顔を知ってくれている子が多かったので思っているより積極的で助かりました。積極的過ぎて自己紹介で終わってしまって予定していたものはできませんでしたけどね。それと隼人が来てくれて、少し嬉しかったです。」

「隼人君も来ていたのか。いつもさくらちゃんのお見舞いに来てくれているから僕も知ってたよ。仲良かったんだね。」

「いつも花屋に来てくれますから。男の子ひとりだったので珍しいなと思って声をかけたのがきっかけですかね。」

「さくらちゃん、いつも僕に笑顔で話しかけてくれるんだよ。今回はこの花もらったってさ。でも一番好きな花はお願いしても持って来てくれないとも言っていたかな。」

少し意外だった。隼人の性格上素直に持っていきそうだから。少し気になるな。

「何か理由でもあるんですかね?ちなみになんの花か聞きました?」

「それがさくらちゃんも教えてくれないんだ。2人の秘密っていてね。」

「気になるなら今度隼人に聞いて見ましょうか?」

「いいや、こういうことはほっておくのがいいのさ。2人だけの秘事はそれこそ2人だけのもので他の人が入っていい世界じゃないからね。」

「そういうものですかね?」

「そういうものだよ。思春期の恋愛は特にね。大人になると余計なものが頭の中を駆け巡って純粋に恋愛できなくなるからね。今のうちだけなのよ。純粋で綺麗で真っ直ぐな愛はね。」

自分は真心と愛しか知らないからかよくわからなかったが、授業の前に隼人を見て思ったうらやましいという感情はここから来るのかもしれないと思った。

「もうそろそろ戻ります。」

気がついたら30分は日向さんと話してしまっていた。そろそろ戻らないと愛になんて言われるかわからない。

「そうだね。2人に迷惑かかってしまうし、君を先に雇ったのは結だからね。今度時間があったら見にいくからね。」

正直なところ来ては欲しくないのだがこの病院の責任者としては仕方ないのかもしれない。そんなことを思いながら軽く会釈した。

花屋に戻ると愛にこっ酷く怒られた。いつもなら言い合いになるのだが、こちらに非があるのが明白で何も言い返せなかった。結さんが間に入ってくれてこの時は愛の怒りは治まった。家に帰ってから改めて冷静に注意された。

その日の夜、日向さんからメッセージが届いた。その内容はなるべく早く1度保護者のために説明会を開いてほしいということだった。



初授業から3日後。愛に今日は少し遅れると伝え、病院に向かった。あらかじめ用意されていた会議室の前には中村先生がいた。

「結構人数集まっているよ。3日間しかなかったけど準備大丈夫だった?」

「少々準備不足は否めないですけど、予め何個か授業作っておいて良かったって感じですかね。」

「そうか。僕も後ろで見てるから困ったことがあったら言ってね。もう少しで日向先生も来る予定だから。」

「わかりました。じゃあいきますか。」

話している間に時間になったので中村先生と一緒に会議室に入った。保護者の目線にあまり悪い感じはしなかった。疑いの目ではなくどこか期待されているような感じがした。

「説明が遅れてすいません。自分は渡邉寛と言います。普段はこの病院の駐車場にある花屋で働いています。保護者の皆さんからの質問には精一杯答えていきたいと思います。今日はよろしくお願いします。」

半分社交辞令のような挨拶を済ませて、深々と頭を下げた。第一印象が悪いと後々、話すら聞いてもらえなくなる。体格が良くてただでさえ威圧感が少しあるため、姿勢だけは低く、好印象を持たれることに徹した。

「頭あげてください。別にあなたを問い詰めようなんて思ってません。むしろ私たちはあなたに感謝してるんですよ。日向先生が推薦してくれた人ですから疑う余地はありません。しかもここにいるほとんどの方があなたのこと知っていましたから。子供たちからも人気が高いので心配はしてません。今日ここに寛さんを呼んだのはお願いしたいことがあったからです。」

わかりやすく自分の頭に?が浮かんだ。自分の中ではなるべく早くということだったから説明もなく何をしようとしているのか問い詰められるものだと思った。

「はあ・・・。」

安心した。この歳になって大勢の人間に怒られるのは少々辛いものがある。

「でも一応今後どういったことをしようかの説明だけはさせてください。そこに不安を持っている保護者の方もいらっしゃると思うので。あ、一応自分は教員免許を持ってます。大学での成績は良い方でした。これが信頼の材料になると良いのですが。」

小声だったが保護者側から「なら安心ね。」という声が聞こえた。

「先にこちら側からいいでしょうか?もしこの内容が希望に沿っていれば問題ないですし、問題があれば随時修正したいので。」

あらかじめ用意しておいた資料を配った。少しだけ多めに用意しておいて良かった。2部だけ足りなかったが、中村先生にお願いしてすぐに印刷してもらった。資料には今後のことと、自分の少し詳しいプロフィールを書いた。自分の職業のことについて説明していると驚きより戸惑いの方が大きい感じがした。

質疑応答をしながら、約1時間程度授業について説明をした。自分がやろうとしていることが普通の学校ではあまりやらない内容で、さらに全ての子供達を対象にして行おうとしていることに驚いている保護者もいた。最終的には納得はしてもらえたみたいで良かった。

「今自分が考えているのはこんな感じです。」

説明を終えると保護者側から、

「丁寧にありがとうございます。あなたのプロフィールに少し戸惑ったところもありましたが、納得しました。授業についても同様です。これからよろしくお願いします。」

そういうと保護者全員が立って自分に頭を下げた。

「頭をあげてください。自分はできることをやるだけなんで。ところでお願いはどう言ったことでしたか?一応聞いておきたくて。」

保護者の中の代表のような人が話し出した。

「授業の中で納得してしまったところもありますが、わかりました。私たちの子供は今のところ学校に行くことができない子ばかりです。病気が治った時にまず親が心配するのが再発すること、次に学校や社会に出ることです。長く集団に慣れていないことで人との関わり方をあまり学べない。完治したとしても外に出ることを怖がってしまうことが多い。先生にお願いしたかったことはどちらかというと知識ではなく外の世界で使えること、適応できることを教えていただこうと思っていました。」

保護者の意見を聞く限り、おそらくだが自分が授業をすることが最適解なのだと思う。大学時代もそういった方向で授業を作って来た。今はこういったことが必要だとも思っていた。でも実際の教育実習ではその思考から逃げてしまって無難なことをしてしまった。ここに来て改めて自分がやって来たことは間違ってなかったのかなと思い始めた。

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」

思わず感謝の言葉を述べてしまった。保護者の方々には意味はわからないだろうが、教育に関しての思想に自信をなくしていた自分にとっては感謝しかなかった。

保護者との説明会を終えて、中村先生に一礼し、花屋に戻った。

「にぃに、どうしたの?泣いて。」

説明会から戻って来た自分の姿に驚き、心配したのか愛が家にいるときの呼び方で自分のところに寄って来た。

「大丈夫。結さん、少しだけ裏にいていいですか?」

結さんの承諾を得てから控え室に行き、椅子に座った。結さんが自分を心配してなのか愛が自分の後をついてくるように控え室に入って来た。自分に近寄って来た愛を抱き寄せ胸に顔を埋めた。愛は何も言わずにただ頭を自分の上に手を置いていてくれた。

10分くらいは同じ体制でいただろうか。愛が話し始めた。

「何があったか知らないけど寛が泣いてるってことは緊張の糸が切れたか、何かから解放されたってことだよね。寛は悲しいことがあったとしても人前で泣かず1人で泣くもの。良かったね。あとは家で聞くから仕事に戻ろ。」

自分はうなずき、顔をあげた。店頭に出る準備をするために鏡の前に立つ。目は真っ赤に充血していて、長いこと顔を埋めていたため顔に跡が残り、顔は涙が乾いてカピカピになっていた。滅多に人前で泣くことがなかったため少し結さんに会いにくい。

「遅れました。」

控え室からでると結さんが急いでかけ寄って来た。

「大丈夫なの?もうすこし休んでいてもいいんだよ?」

初めてみる自分の弱った姿を見て、気を遣われている事はわかっているが、これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。

「問題ないです。さっき全部吐き出しましたから。」

精一杯の笑顔で答えるがまだ結さんの顔は心配しているように思えた。

「大丈夫ですよ。寛手伝って。」

愛に呼ばれる。

「本当に大丈夫ですから。さあ仕事に戻りましょ。」

そう結さんに言い残し愛の手伝いに向かった。