体を休めることに徹したゴールデンウィークも終わり、愛は初めて花屋に出る。初日だが自分は出勤しなければならないので一緒にはいけない。心配している自分をよそに、愛はスキップしながら初出勤に向かった。結さんには何かあったら連絡をくださいと、メッセージは送ったが、愛のことだからおそらく送られてくることはないとは思う。愛のことも心配だがそれよりも心配なのは自分だ。いつもなら完璧に準備をしてから行動するのが自分のスタイルだったが、今回は片腕しか使えないこともあり、どこか準備不足のような気がしてならない。真心の体調がよくなかったこともあり、打ち合わせの時間も少ない。正直不安な要素が満載だ。
出勤の時間になり、真心の運転で会社に向かう。うちの会社は大通りから少し中に入ったところの静かなところにある。父さんが目立つのが嫌いで、創作は静かなところだからこそ捗るらしいからこう言った立地になった。幸い駅は徒歩10分以内にあるし、少し出れば大通りで飲食店も多々ある。働く環境は悪くはないと思う。会社につき、久々にあった社員たちと挨拶を交わす。人数的には30人ほどの会社だが、個人個人がかなり優秀なため、仕事の効率も生産性も高い。ここにいる人をほとんど雇ったのが自分であることがちょっとした自慢だ。そこに新しく仲間が増えるので今日は失敗できない。10人ほど入る会議室に新入社員6人は集まっていた。緊張しているのか、かなり静かだった。自分が入室すると目線が自分に集まった。
「採用試験以来だね。そんなに硬くならずに楽にして聞いて欲しいのだけど。そのために社長と真心、愛と一緒に研修旅行に行ってもらったんだけどな。」
真剣に聞いているのと、緊張して静かにしているのは違う。緊張しているということは様々な事柄が頭の中でごちゃごちゃになっていて、話は頭に入ってはこない。だからこそ、うちでは勤務開始を1ヶ月遅らせてでも、緊張感を軽減させるために、トップである社長たちと旅行に行かせている。
「緊張するのも無理ないか。今日が初日みたいなものだからね。僕とは歳の近い人たちばかりだから仲良くして欲しいんだけど。」
自分と同じで大学卒業してまもないか、専門学校を最近卒業した人ばかり。アルバイトとしては働いた経験はあるにしろ、実際に雇われて仕事するのでは、責任の重さが違う。
「真心はのこと知っていると思うけど、まずは僕が誰なのか説明しないとね。渡邉寛、22歳。年齢は近いけど一応君たちの上司になるから。」
他にも、真心との関係性や、会社にほとんどこないことなどを説明した。もちろん、あまり踏み込んだことは話さない。最初は驚いた表情もあった。毎年同じような反応をされるので慣れている。まだ今年はいい方だ。昨年までは、自分よりも年上の人がいたためなんとなく気まずかった。
「一通り僕のことも知ってもらったことだし、本題に入るね。まずはプレゼントを配ろうかな。」
そう言って部屋の外にある段ボールを取りに行った。
「全社員に配っているけど大事にしてください。これ結構高いから。」
段ボールの中身は少し大きめのタブレットとこのためだけに父さんが作った特注のカバー、それとカバーの中に入るメモ帳だ。特注のカバーは入社時期によってデザインを変えている。
「これは自由に使ってもらっていいけど、タブレットには色々と制限をかけさせているから変なことはしないこと。手書き用にメモ帳も用意してあります。これからはいろいろなところでメモを取ることがありますけど、少しずつでいいから慣れていってください。気になることや気づいたことがあったらメモをちゃんと取れるように。疑問点などがあればタブレットの中にある連絡先に僕と君たちのこれから行く部署の上司のアドレスがあるからそこに送ってください。できるだけ答えられるようにするから、積極的にコミュニケーションとってください。」
すでに何かメモを取っている様子もあった。
そこから色々と説明を始めた。給料や休日のことなど、会社全体に関わることだけ。最初はメモを取っていいなかった人も周りを見てからメモを取り始めた。期待できるかな。そんな中自分は終始噛み噛みだった。
「これで全体の説明が終わりです。最後に僕に敬語は結構です。僕もこれ以降は敬語を使わないようにします。そのほうが話しやすいでしょ。これから、どうぞよろしくお願いします。」
自分は深々と頭を下げた。
「これから各部署の人が迎えにきてくれるから。名前を呼ばれたら、その人についていってね。」
会議室に続々と人が入って来た。新入社員らしく緊張した面持ちで自分の名前を呼ばれるのを待っている。次々と名前を呼ばれる中で1人だけ会議室に残っている女性がいた。
「はい。じゃあ、君だけ残ったことを説明するね。沢村めいさん。」
少し戸惑っているようだった。
「基本的にうちは希望した部署についてもらっているけど、例外がいてね。君はその例外になってもらいたいんだよ。強制はしないし、嫌なら嫌って言っていいよ。これは僕からのお願いだから。」
真心がめいさん用の資料を手渡しした。
「その資料に詳しく書かれているけど、僕からもしっかり説明するね。君にはモデルの仕事をしてもらいたいんだ。希望では事務課だったけど、事務課に所属しながら同時にモデルとしても仕事をしてもいいし、モデルとして真心の下についてもらうことも可能だよ。どうかな?」
返答はなし。無口なのは、真心から聞いていた。一通り資料に目を通してもらった。
「めいちゃん。無理して今決めなくていいよ。寛は待ってくれるから。」
珍しく、真心から話しかけていた。
「大丈夫です。もう決めました。資料の通りなら本当に真心さんの下で働けるんですよね?」
「そうだね。君には真心についてもらうかな。まずは、マネージャーじゃないけど、裏の仕事を覚えてもらうのと同時に、真心と他のモデルさんを見て勉強して欲しいからね。」
「わかりました。なら、やらせてください。」
めいさんは真心の方を向いて答えた。
「よし。なら、こっちは君が一人前になれるように全力でサポートするから。そんな君に早速頼みたい仕事があるけどいいかな?」
これからの日程と仕事内容について自分から説明した。すでに決まっている仕事は、愛とのモデル業くらいだが他の人とは全く異なった仕事内容になる。もちろん給料についても詳しく説明した。後は、真心に任せても大丈夫だと判断し、自分は会議室を出た。
「お疲れ様。あの子だったんだね。君がモデルに推薦したのは。」
父さんだった。会社の中ではなぜか自分のことを君と呼ぶ。ある程度距離を置いて自分を見たいかららしい。ここまで距離を置かなくてもいいのにと少し寂しい。
「そうです。意外でしたか?」
「いや、研修旅行中もあまり話さない子だったから。でも真心には懐いている感じだったかな。」
「自分も驚きました。真心から話しかけていたし、真心の下につけることでモデルの仕事も決断したみたいなので。」
「君にはあの子がどう映ったかな?」
「初めてこの子の写真を見たときにうちのモデルにはいないタイプだと思ったので。経歴から見ても真面目で堅物。少し真心に似ているところもあるとは思っていましたが、内面は全く別ですね。真心は自分の中の感情を隠すことが苦手ですが、めいさんは完全に心をロックしてしまっている感じです。まあそれは後々解錠していく予定ですがあの子の本質はおそらく。」
「ああ、もういいよ。なんとなくあの子に似合う服のイメージはできたから。モデルとしての初仕事は愛とだろ?」
「そうです。そのためのデザインをこれからお願いに伺う予定だったのですが。」
「それなら問題ない。これからすぐに取り掛かるよ。できたら君に色付けを頼もうと思うんだ。2人分ね。」
「わかりました。でも、撮影は4ヶ月後になるので、ゆっくりで大丈夫です。自分の腕の状態を見て詳しい日程を決めるので。」
初めての撮影は自分も立ち会うようにしている。カメラマンの人にこの子のイメージを伝えながら撮影するため。写真のイメージは自分に任せられているのでチェックは怠らない。モデルの子の要望にも基本的に答えることにはしている。父さんの考えで『服は人が来て完成するもの。服は人を変える道具でしかない。』と言うことを会社全体で大切にしているので服のデザインはそのモデルにあったものにする。だからこそ性格もスタイルも違う様々な人が必要となる。完成した写真も自分がその子のイメージに合わなければ服から作り直す。あくまで服メインではなく人メイン。その人の人柄などが出ていなければ意味はない。だからこそ、自分が現場に必要になる。基本的に新人教育後の月一出勤時の自分の仕事は撮影のことが多い。
「愛との撮影にするのだろ?」
「そうです。いつも通りに愛の力を借りて、現場の緊張感を少し和らげてもらう予定です。自分ではそれはできませんから。」
「愛のことだけど来年うちに入って来たら、君の下につけるから。僕の下には真心がいるし、そろそろ仕事が増えすぎて首が回らなくなってくる頃だと思うから。」
「助かります。それも後々お願いしようとしていたことなので。」
「そうか。そろそろ終わりにするか。今日は家に帰るから。」
そう言うと父さんは自分に背中を向けて進んでいった。
「今日何か食べたいものは?」
「なんでもいいよ。まだ自分では作れないだろ。」
そう笑っていってしまった。
各部署に顔を出して本日の仕事はこれでおしまい。時刻は5時。真心の仕事を終わるまで待つ。30分後には、真心も終わり、真心の運転で帰った。途中スーパーに寄ってもらい、夕飯の買い物をした。家に帰る頃には6時を回っていた。
家に帰ると愛の声が響いた。
「おかえり。」
愛が出迎えてくれた。今朝あった時よりも元気に。
「メッセージ来てなかったけど迷惑かけなかった?」
「心配御無用。初日ながら完璧にこなして来ました。」
言い方が腹たつ。あとで結さんに確認したら、自分が来ている時よりも活気があって良かったと言われた。
「今日、父さんも帰ってくるから、2人も手伝って。愛、母さんは?」
「部屋で仕事。」
母さんには悪いが少し切り上げてもらうしかない。2人に任せるのは不安でしかない。味噌汁が鉄の味がするのは嫌だ。
「愛、母さん呼びに行って。その間に着替えておくから。」
普段着ないきっちりとしたスーツをできるだけ早く脱ぎたい。息苦しくてたまらない。
愛が呼びに行った母さんだが、寝ていたらしくなかなか起きてくれなかった。結局自分が起こしに行く羽目になった。
「寛、今日のメニューは何?」
今日のメニューはサバの味噌煮。たまたま今日、サバの切り身が安売りしていたので父さんの好きな味噌を使った料理にした。母さんに味噌汁を任せて、料理のできない2人と一緒にサバの味噌煮を作った。生姜と味噌、みりんにお酒、隠し味にちょっとだけチューブのニンニク。ニンニクを入れると味にパンチが出ていい。ちょうど出来上がるときに、父さんが帰って来た。基本的になんでもおいしいと言って食べてくれるので3人の顔はニヤけっぱなしだった。
出勤の時間になり、真心の運転で会社に向かう。うちの会社は大通りから少し中に入ったところの静かなところにある。父さんが目立つのが嫌いで、創作は静かなところだからこそ捗るらしいからこう言った立地になった。幸い駅は徒歩10分以内にあるし、少し出れば大通りで飲食店も多々ある。働く環境は悪くはないと思う。会社につき、久々にあった社員たちと挨拶を交わす。人数的には30人ほどの会社だが、個人個人がかなり優秀なため、仕事の効率も生産性も高い。ここにいる人をほとんど雇ったのが自分であることがちょっとした自慢だ。そこに新しく仲間が増えるので今日は失敗できない。10人ほど入る会議室に新入社員6人は集まっていた。緊張しているのか、かなり静かだった。自分が入室すると目線が自分に集まった。
「採用試験以来だね。そんなに硬くならずに楽にして聞いて欲しいのだけど。そのために社長と真心、愛と一緒に研修旅行に行ってもらったんだけどな。」
真剣に聞いているのと、緊張して静かにしているのは違う。緊張しているということは様々な事柄が頭の中でごちゃごちゃになっていて、話は頭に入ってはこない。だからこそ、うちでは勤務開始を1ヶ月遅らせてでも、緊張感を軽減させるために、トップである社長たちと旅行に行かせている。
「緊張するのも無理ないか。今日が初日みたいなものだからね。僕とは歳の近い人たちばかりだから仲良くして欲しいんだけど。」
自分と同じで大学卒業してまもないか、専門学校を最近卒業した人ばかり。アルバイトとしては働いた経験はあるにしろ、実際に雇われて仕事するのでは、責任の重さが違う。
「真心はのこと知っていると思うけど、まずは僕が誰なのか説明しないとね。渡邉寛、22歳。年齢は近いけど一応君たちの上司になるから。」
他にも、真心との関係性や、会社にほとんどこないことなどを説明した。もちろん、あまり踏み込んだことは話さない。最初は驚いた表情もあった。毎年同じような反応をされるので慣れている。まだ今年はいい方だ。昨年までは、自分よりも年上の人がいたためなんとなく気まずかった。
「一通り僕のことも知ってもらったことだし、本題に入るね。まずはプレゼントを配ろうかな。」
そう言って部屋の外にある段ボールを取りに行った。
「全社員に配っているけど大事にしてください。これ結構高いから。」
段ボールの中身は少し大きめのタブレットとこのためだけに父さんが作った特注のカバー、それとカバーの中に入るメモ帳だ。特注のカバーは入社時期によってデザインを変えている。
「これは自由に使ってもらっていいけど、タブレットには色々と制限をかけさせているから変なことはしないこと。手書き用にメモ帳も用意してあります。これからはいろいろなところでメモを取ることがありますけど、少しずつでいいから慣れていってください。気になることや気づいたことがあったらメモをちゃんと取れるように。疑問点などがあればタブレットの中にある連絡先に僕と君たちのこれから行く部署の上司のアドレスがあるからそこに送ってください。できるだけ答えられるようにするから、積極的にコミュニケーションとってください。」
すでに何かメモを取っている様子もあった。
そこから色々と説明を始めた。給料や休日のことなど、会社全体に関わることだけ。最初はメモを取っていいなかった人も周りを見てからメモを取り始めた。期待できるかな。そんな中自分は終始噛み噛みだった。
「これで全体の説明が終わりです。最後に僕に敬語は結構です。僕もこれ以降は敬語を使わないようにします。そのほうが話しやすいでしょ。これから、どうぞよろしくお願いします。」
自分は深々と頭を下げた。
「これから各部署の人が迎えにきてくれるから。名前を呼ばれたら、その人についていってね。」
会議室に続々と人が入って来た。新入社員らしく緊張した面持ちで自分の名前を呼ばれるのを待っている。次々と名前を呼ばれる中で1人だけ会議室に残っている女性がいた。
「はい。じゃあ、君だけ残ったことを説明するね。沢村めいさん。」
少し戸惑っているようだった。
「基本的にうちは希望した部署についてもらっているけど、例外がいてね。君はその例外になってもらいたいんだよ。強制はしないし、嫌なら嫌って言っていいよ。これは僕からのお願いだから。」
真心がめいさん用の資料を手渡しした。
「その資料に詳しく書かれているけど、僕からもしっかり説明するね。君にはモデルの仕事をしてもらいたいんだ。希望では事務課だったけど、事務課に所属しながら同時にモデルとしても仕事をしてもいいし、モデルとして真心の下についてもらうことも可能だよ。どうかな?」
返答はなし。無口なのは、真心から聞いていた。一通り資料に目を通してもらった。
「めいちゃん。無理して今決めなくていいよ。寛は待ってくれるから。」
珍しく、真心から話しかけていた。
「大丈夫です。もう決めました。資料の通りなら本当に真心さんの下で働けるんですよね?」
「そうだね。君には真心についてもらうかな。まずは、マネージャーじゃないけど、裏の仕事を覚えてもらうのと同時に、真心と他のモデルさんを見て勉強して欲しいからね。」
「わかりました。なら、やらせてください。」
めいさんは真心の方を向いて答えた。
「よし。なら、こっちは君が一人前になれるように全力でサポートするから。そんな君に早速頼みたい仕事があるけどいいかな?」
これからの日程と仕事内容について自分から説明した。すでに決まっている仕事は、愛とのモデル業くらいだが他の人とは全く異なった仕事内容になる。もちろん給料についても詳しく説明した。後は、真心に任せても大丈夫だと判断し、自分は会議室を出た。
「お疲れ様。あの子だったんだね。君がモデルに推薦したのは。」
父さんだった。会社の中ではなぜか自分のことを君と呼ぶ。ある程度距離を置いて自分を見たいかららしい。ここまで距離を置かなくてもいいのにと少し寂しい。
「そうです。意外でしたか?」
「いや、研修旅行中もあまり話さない子だったから。でも真心には懐いている感じだったかな。」
「自分も驚きました。真心から話しかけていたし、真心の下につけることでモデルの仕事も決断したみたいなので。」
「君にはあの子がどう映ったかな?」
「初めてこの子の写真を見たときにうちのモデルにはいないタイプだと思ったので。経歴から見ても真面目で堅物。少し真心に似ているところもあるとは思っていましたが、内面は全く別ですね。真心は自分の中の感情を隠すことが苦手ですが、めいさんは完全に心をロックしてしまっている感じです。まあそれは後々解錠していく予定ですがあの子の本質はおそらく。」
「ああ、もういいよ。なんとなくあの子に似合う服のイメージはできたから。モデルとしての初仕事は愛とだろ?」
「そうです。そのためのデザインをこれからお願いに伺う予定だったのですが。」
「それなら問題ない。これからすぐに取り掛かるよ。できたら君に色付けを頼もうと思うんだ。2人分ね。」
「わかりました。でも、撮影は4ヶ月後になるので、ゆっくりで大丈夫です。自分の腕の状態を見て詳しい日程を決めるので。」
初めての撮影は自分も立ち会うようにしている。カメラマンの人にこの子のイメージを伝えながら撮影するため。写真のイメージは自分に任せられているのでチェックは怠らない。モデルの子の要望にも基本的に答えることにはしている。父さんの考えで『服は人が来て完成するもの。服は人を変える道具でしかない。』と言うことを会社全体で大切にしているので服のデザインはそのモデルにあったものにする。だからこそ性格もスタイルも違う様々な人が必要となる。完成した写真も自分がその子のイメージに合わなければ服から作り直す。あくまで服メインではなく人メイン。その人の人柄などが出ていなければ意味はない。だからこそ、自分が現場に必要になる。基本的に新人教育後の月一出勤時の自分の仕事は撮影のことが多い。
「愛との撮影にするのだろ?」
「そうです。いつも通りに愛の力を借りて、現場の緊張感を少し和らげてもらう予定です。自分ではそれはできませんから。」
「愛のことだけど来年うちに入って来たら、君の下につけるから。僕の下には真心がいるし、そろそろ仕事が増えすぎて首が回らなくなってくる頃だと思うから。」
「助かります。それも後々お願いしようとしていたことなので。」
「そうか。そろそろ終わりにするか。今日は家に帰るから。」
そう言うと父さんは自分に背中を向けて進んでいった。
「今日何か食べたいものは?」
「なんでもいいよ。まだ自分では作れないだろ。」
そう笑っていってしまった。
各部署に顔を出して本日の仕事はこれでおしまい。時刻は5時。真心の仕事を終わるまで待つ。30分後には、真心も終わり、真心の運転で帰った。途中スーパーに寄ってもらい、夕飯の買い物をした。家に帰る頃には6時を回っていた。
家に帰ると愛の声が響いた。
「おかえり。」
愛が出迎えてくれた。今朝あった時よりも元気に。
「メッセージ来てなかったけど迷惑かけなかった?」
「心配御無用。初日ながら完璧にこなして来ました。」
言い方が腹たつ。あとで結さんに確認したら、自分が来ている時よりも活気があって良かったと言われた。
「今日、父さんも帰ってくるから、2人も手伝って。愛、母さんは?」
「部屋で仕事。」
母さんには悪いが少し切り上げてもらうしかない。2人に任せるのは不安でしかない。味噌汁が鉄の味がするのは嫌だ。
「愛、母さん呼びに行って。その間に着替えておくから。」
普段着ないきっちりとしたスーツをできるだけ早く脱ぎたい。息苦しくてたまらない。
愛が呼びに行った母さんだが、寝ていたらしくなかなか起きてくれなかった。結局自分が起こしに行く羽目になった。
「寛、今日のメニューは何?」
今日のメニューはサバの味噌煮。たまたま今日、サバの切り身が安売りしていたので父さんの好きな味噌を使った料理にした。母さんに味噌汁を任せて、料理のできない2人と一緒にサバの味噌煮を作った。生姜と味噌、みりんにお酒、隠し味にちょっとだけチューブのニンニク。ニンニクを入れると味にパンチが出ていい。ちょうど出来上がるときに、父さんが帰って来た。基本的になんでもおいしいと言って食べてくれるので3人の顔はニヤけっぱなしだった。