母さんに真心のことをお願いし、小雨の中傘をさし病院へ向かった。ゴールデンウィーク中だが病院にはそんなこと関係ない。ゴールデンウィークだからこそ忙しいと日向さんが言っていた。連休にテンションの上がった子供がよく怪我押して運ばれてくるらしい。病院に着くとある男の子が話しかけて来た。

「お久しぶりです。花屋さんはまだですか?」

この子は黒井隼人君。よく花屋に買いに来てくれる常連さんだ。この病院に同級生の女の子が入院しているらしく学校終わりや週末によくお見舞いに来ている。毎回花屋によって一輪だけ花を買っていく。

「手がこの通りだからね。でも結さんが来週には再開するって言ってたよ。」

「困るんだよね。早くしてくれないとさ。せっかく便利だったから。」

「ごめんごめん。早く治すよ。」

花屋を開店させてからずっと来てくれているのでかなり仲がいい。年頃の男の子でもあるので、少しからかうにはちょうどいい。しっかりした子なので他の人の迷惑になることはないし、たまに手伝ってくれる。

「今日もお見舞い?」

「そうだよ。せっかくの休みだから長く話せるしね。」

「えらいな。せっかくのゴールデンウィークなのに、遊ばなくていいのか?」

「いいだろ。こっちのほうが楽しいんだよ。」

律儀で真っ直ぐなところもこの子の良いところだ。後、考えていることがよく顔に出るともからかいがいがある。

「そうだ今度からさここの病院で授業することになったんだけどこない?」

「授業なんかできるのかよ。」

「こう見えても大学でちゃんと勉強して教員免許取ってるんだから。」

「でも今はここで働いていると。」

「それは言わないでくれよ。」

そうこう話しているうちに自分の診察する順番になった。隼人君と別れ、彼は女の子の待つ病室にスキップで向かった。

診察が終わり、経過は良好みたいだ。でもまだ無理はしないようにと言うことだった。帰りに日向さんと鉢合わせした。

「寛くん、この後いいかな?」

「少しなら構いません。真心のあまり体調が良くないので早く帰ってあげたいので。」

「そうだね。今日みたいな日は辛いかもね。」

母さんが日向さんによく相談しているからか、日向さんはうちの健康事情にも詳しい。とは言っても、病弱なのは自分と真心くらい。他の3人は少しうるさいくらい元気だ。愛に至っては風邪をひいたところを見たことがないくらいだ。センチメンタルな自分と元々体が少し弱い真心だけがよく病院にお世話になっている。

「10分くらいで済むから良いかな?時間は取らせないよ。」

「わかりました。」

2人で最上階にある医院長室に向かった。途中でいろいろな人から声をかけられた。自分の存在が病院内に浸透していることが少し嬉しかった。まあ、あんな大きな事故起こして入れば、嫌でも耳に入ってくるだろう。

医院長室に入り、出迎えてくれた佐藤さんの不敵な笑顔に少しゾッとした。自分が猫舌であっついものが飲めないのを知っているくせにぐつぐつ煮えたぎっているようなコーヒーを用意してくれた。嫌がらせなのかな。

「で話ってなんですか?」

「今度から病院内でしてもらうことの確認と理由だよ。まだ話してなかっただろ。君を結に進めて身近において置きたかった理由だよ。」

「そうですね。あの時はあまり時間がありませんでしたし。」

「これから寛くんにはこの病院で授業をしてもらいたいと思っているんだ。ここには本来学校に通わなきゃいけない子も多いし、この子たちの将来のためにもね。一番は学校っていう雰囲気を少しでも体感してもらいたくってね。学年も年齢も違うけど道徳とか君の得意な分野だったらみんなでまとまって一緒に勉強できるだろ。各教科の勉強は他の医師も積極的に参加させるから。」

「他の教科はおそらくですけど他の先生方にはかないませんよ。自分で言うのもなんですが勉強自体あまり得意ではなかったですし、大学で主に学んでいたのは教え方でしたから。英語や数学なんてもうほとんど残ってません。」

こっちは文系の教育学部であっちは理系の医学部。優劣をつけるわけではないが一般的には医学部の人の方が優秀だという認識がある。医学部はかなり勉強をしなければ入ることすら難しい。教員免許と違って単位を取ればもらえる資格とは違い国家試験もある。勉強と言う面であれば自分はかわないだろう。

「その教え方が大事なんじゃないか。僕たち医者はどちらかと言うと勉強ができた人だからできない人のことをわかってやれない。君はおそらく僕らと一緒なんだろうけどわからない人のこともわかってやれる。君は人に対しての理解が普通じゃないからね。」

「わかりました。高校生レベルはさすがに無理なのでお願いすることになるかもしれませんが。」

「そこは大丈夫だよ。うちにいる子たちは自分で勉強できる子たちだから。君には主に内面的なものをお願いするから。学校の雰囲気作りだけで良いから。そうしても、今のうちに体験させてあげたい子がいてね。」

日向さんの顔が少し悲しげになった。

「うちにね、白血病で入院している子がいてね。実はその子に頼まれたんだ。その子中学校に入ってから学校に行けてなくてね。学校自体好きで成績も優秀で学校に行けなくなった今でも自主的によく勉強している子なんだよ。どうしても叶えてあげたくて君に頼んだんだ。」

話している最中も日向さんはあまり浮かない顔だった。自分的にはもうすでに了承しているのに。表情から読み取るにその子の状態を自分は察した。

「わかりました。でもその子のことは自分には教えないでください。その子ばかり気になってしまうので。学校なら平等に接したいですしね。」

「君のそう言うところは尊敬するよ。でも君ならみたらわかってしまうとは思うけど。とりあえず頼むよ。どうしても叶えてあげたいんだ。」

最後に手を握られて頼まれた。その手の力はかなり強かったが、暖かかった。帰る準備をしていると、

「あら、コーヒー飲まなかったのね。」

「自分が猫舌なのを知っていて、熱いのを出したからですよ。とてもじゃないですがあの温度は飲めません。」

「そうなら今度からアイスコーヒーにするわね。」

「もしそうなったとしても、あなたなら真冬にキンキンに冷えたのを出しそうですけど。」

会話中、終始ニヤニヤしていた佐藤さん。何か楽しんでいるようにも思えたが、自分にとってはいい迷惑なのでできればやめて欲しい。

「随分と佐藤君と仲がいいんだね。」

日向さんにはそう写っているみたいだが、おそらく両者とも何かあった時のために牽制し合っているだけ。佐藤さんと自分は似ているところが多々あるからこそ、怖さをお互いに知っている。また、お互いに利用できるとも思っているからだろう。前回の一件で自分には利用価値があるのだと佐藤さんは思ったのだろう。認めてもらっていることは少し嬉しかったが少し距離が近い。できればもう少し自分としては佐藤さんのことを見定めたいところだがこうも距離が近いと調子が狂う。

「では、またよろしくお願いします。今度は愛を連れて来ます。愛の卒論も終わりそうなので。」

「今時期にもう終わるのかい?随分優秀な子だね。」

「愛は自分とは比べ物にならないくらい優秀ですよ。基本的に成績を落とすこともなかったですし、就職先はもうすでにうちで働くことが決まってますから。就活も必要ありません。2年時にはすでにほとんどの単位取ってしまってましたから、学校に行く必要もありませんからね。」

「そうか。会うのが楽しみだね。君と佐々木さんにはよく会うけどそのほかは会ったことなかったからね。」

「そうですね。では予定を合わせてなるべく早く挨拶に向かいます。」

もうすでに結さんには挨拶は済ませたがお父さんにはまだだった。結さんとも問題なく話せていたから少し安心した。一家の中で最も社交的で人に好かれる愛だが、自分が関わると少し当たりが強くなる。結さんがあらかじめ自分たちの関係を知っていたからなのか、今回はそれがなかった。愛はおそらく家の中で一番頭がいい。いろいろなところに目がいき、気付き、解決する力が高い。対人は少し苦手のようだが計算高いところがある。昔、愛が話していた。『社交的なのはその方が生きやすいから。人に好かれるのははっきりしているから。その方が味方が増えてお得でしょ。』と言っていた。

「楽しみにしてるよ。予定が決まったら連絡くれるかい。」

「わかりました。ではここらへんで失礼します。」

そうこう話しているうちにすでに30分が経っていた。少し急ぎ目に医院長室を後にしようとしたが佐藤さんに止められた。

「かなり急いでるみたいね。そのくらい心配なのかしら。偏頭痛なんでしょ。」

先ほどまでの少しおちゃらけていた佐藤さんとは違い、威圧感を前面に出して話しかけて来た。

「心配ですよ。大切な人ですから。」

「そう。あなたは2人のためにどこまでできるのでしょうね。」

「愚問ですね。前も話しましたけどどんなこともしますよ。あの2人のためなら。それはあなたも同じでしょ。あなたたちの関係性はいまいちわかっていませんけど。」

「そうね。気になっただけよ。別に深い意味はないわ。ただ結ちゃんのことならどこまでしてもらえるのかなってね。」

「そうですね。自分が助けられるのも限度がありますから。それは真心と愛のためのものです。ただ自分の手の届く範囲だったらなんとかするとは思います。結さんも自分にとって大切な繋がりですから。もちろんその中でも優先順位はあります。」

「そう。優しいのね。ならこれからもよろしくね。結ちゃんのこと近くで見守ってあげて。それと真心ちゃんにお大事にって。」

「もちろんそのつもりです。では。」

佐藤さんに少し足止めをくらったが、予定よりも早く家に着くことができた。真心もまだ寝ているみたいだった。

家では来週に迫った新人のための講習の準備をしなければならない。月一だけの出社だが与えられる仕事のほとんどが入社一年目の社員の教育係だ。まあ、自分が採用した人たちなので自分で責任を持って教育しなければならない。とは言っても全体の説明が終わってしまえば、後は各部署に丸投げなのでさほど大変じゃない。たまに例外としてモデルの仕事をしてもらいたいと思う子は真心に見てもらう。今年はその例外がいる。その方が自分に近いところで見ることもできるし、真心経由で詳しいことも知れる。もともとモデルになりたくてこの会社に入っているわけではないのであまり強制はしないようにしている。

仕事の準備をしていると、真心が起きて来た。

「頭痛は大丈夫?」

自分の顔を見て少しうなずく。自分が仕事をしているのを見て、邪魔をしないようにしているようだが、逆に気になってしょうがない。こうなったらもう仕事は手につかなくなるので、さっさと切り上げて真心にかまう。そろそろ愛が帰ってくる時間なので、真心に構うことのできる時間は短い。膝に頭を置いて、手をいじる。いつもならもう片方の手で頭を撫でるのだが折れているためそれはできない。たまに頬を摘んだりしていちゃつく。この時に見せる満面の笑みがたまらなく好き。

「ただいまぁ。」

少し幼い感じの大きな声が玄関から聞こえた。愛が帰って来たみたいだ。真心はそれを聞いて、すぐに起き上がろうとしたが、自分はそれを力尽くで抑えた。真心はもがいているが、真心くらいの力なら片手で抑えることくらい問題なくできる。すると、後ろから愛が抱きついて来た。

「あれ、お姉ちゃんいたの。いいなぁ。」

「今日頭痛で辛かったからもう少しこのままにしておこうかなった思ってね。」

真心は自分の手を掴んだまま顔を隠していた。見た目からも、温度からも赤面しているのがわかった。愛と顔を合わせた後で、愛は自分の部屋に戻った。

「そんなに恥ずかしいものか?もういい加減見られても平気じゃない?」

真心は首を横に振り答えた。

「そっか。じゃあ慣れてもらわなきゃいけないね。これから、長い間一緒にいるわけだから。」

そう言って自分は顔を隠していた手をどけ頭の下に手を置き顔にむけて前屈して唇に触れた。

その日の夜、父さんは会食でいないため、自分が後ろで見ながら、母さんと料理初心者の2人で夕食を作ってもらった。決して上手というわけではなかったが美味しかった。夕食後真心は早めに寝た。1人自分の部屋にいると愛がきた。

「今日で論文書き終えたから。来週の頭から結さんのところでお世話になるね。」

結さんと愛はいつの間にか連絡先を交換していて、仲良くなっていた。何度か自分の知らないところであっていたみたいで何度か結さんから愛との写真が送られて来た。愛にとったらもう1人お姉ちゃんができたみたいで嬉しかったみたいだ。結さんと真心はなんとなく雰囲気が似ているので愛にとってもなつきやすかったのだろう。

「あまり迷惑かけないようにな。」

「大丈夫。骨折して店に出れない人よりは迷惑かけないよ。」

ニヤニヤしながら答えた。

「来週の頭以降はちゃんと俺も出るからな。それと今度愛にもモデルの仕事頼むからよろしくな。歳の近い子も参加させる予定だから。」

「本当に。やったね。仲間が増える。誰かな。」

そういえば、愛は研修についていっていたな。

「あくまで予定だからな。」

少しテンションの高い愛を抑えつつ、愛の提案で某世界的キャラクターの某レースゲームをすることになった。愛はゲームの最中、あぐらをかいている自分の足の間に入り、ここは私の特等席と言わんばかりに座っていた。愛は身長が低いので問題なく画面は見えていたが、ゲームも運転も苦手なのと、片手で操作していた自分は一度も愛に勝てることなくコテンパンにされた。勝ち誇った顔で自分を見ている愛に少しイラッとしたが楽しそうにしているのを見て少し愛おしかった。