次の日。冷房をかけえずに寝てしまったため馬鹿みたいに部屋が暑い。隣には愛はいるが真心の姿は見当たらない。そう言えば朝早くから会議があるって言っていたような気がする。

「おい。愛、起きて。そろそろ11時だぞ。」

幸いなことに今日は午後からの開店だった。結さんに用事があるらしい。洗顔やトイレなどを済ませ、部屋に戻ってもまだ愛は寝ている。

「おい。いい加減起きないと準備間に合わないぞ。」

「うーん、あと5分。」

朝起きられない人間の例文のような答えが返ってきた。自分はすこし呆れた感じで布団を剥いだ。それでもまだ死人のように寝ている愛をお姫様抱っこして無理やり洗面台の前まで連れてきた。夜更かししたのも悪かったがここまで起きないのも問題がある。少し強引だが起きてもらうために洗面台に水をため愛の顔を優しくつけた。そうすると愛は目を開いて自分に言った。

「殺す気か。」

「起きない方が悪い。ほら早くしっかり顔洗って。シャワー浴びてメイクもしなきゃいけないんだろ。1時間半後には家を出るからそれまでに済ませて。ご飯作ってくるからしっかり準備するんだぞ。」

「はーい。」

起こし方に文句があるのか少しむすっとした表情だった。ただすっかり眠気は覚めたみたいで脱衣所に向かって行った。

朝なんであまり料理をする気になれない。おそらく愛は30分くらい準備にかかる。時間はあるがそんな手の込んだものは作りたくない。それに自分自身の準備もある。なら簡単に済ませられるあれでいいか。メニューを決め最初に自分の準備をする。20分後に愛がシャワーから上がってきた。

「お腹すいた。ご飯は?」

「メイクはいいのか?」

「ご飯の後にするからいい。それより早くご飯。今日の朝食は何?」

「スクランブルエッグとソーセージな。自分でパンは焼いて。」

小さめのフライパンを2つ用意して片方には水を入れる。沸騰してきたらソーセージを入れて2分。もう片方にはバターを溶き、卵4つとコーヒーフレッシュを2つ入れ優しく混ぜたものを入れる。卵は混ぜすぎないのと、フライパンに入れてからしばらく触らないのがコツ。ものの数分で簡単に朝食が完成した。我ながらなかなかの完成度と時短に拍手をしたい。しかし、さっきから少し焦げ臭い。

「愛、パンこげてる。」

トースターの火力を最大にしたまま何処かに行くからこんなことになる。

「あーやっちゃった。」

丸焦げになってかわいそうなパンに別れを告げ、新しいパンを今度は自分が焼く。

自分は片付けもあるので早めに朝食兼昼食を終える。自分の使った食器を片して、自分から遅れて食べ終わった愛の皿も洗う。食事の片付けを終えると、家を出る時間まで後30分。洗面台に向かい、少し伸びたな、と思う髪を整える。今日は授業がないため準備は身嗜みくらいですむ。

準備を終えると家を出る予定時間になる。

「愛。そろそろ出るぞ。」

薄めのメイクをした愛が降りてくる。正直あまりスッピンと変わらないが愛曰く、スッピンでいると女性のお客さんから良い印象を受けないのだという。そう言えばこの前ひかるが化粧は男のためじゃ無くて女同士のためにやるもの、と言っているのを思い出した。

「準備できたなら行くか。」

よく忘れ物をする愛に忘れ物はないか確認し、家を出る。本当ならば車で行きたいところだが、運転が苦手な自分とそもそも免許を持っていない愛では歩くしか方法はない。でも、愛は歩く方がいいらしい。その理由は、

「手。」

「はいはい。右手ね。」

その一言で何をしたいかは相当鈍感な人以外はわかる。愛は自分の左手を重ねて、体を寄せる。この時は普段うるさい愛も黙る。これをするようになってから家ではあまり甘えてくることが減って少し寂しい。真心に気を使ってということらしいが個人的にはそんなこと気にしないでほしい。

病院が近づくと手を離し、いつものテンションの愛に戻る。

「結さん。おはようございます。」

開店準備をして2時に店を開ける。最近は暑くてたまらなく、提供する紅茶もアイス仕様になっている。最初の方針とは変わり、セルフサービスのようになっていて誰でも飲むことができるようになっている。アイス仕様にしてから減りが早くなって1日に何回も入れ替える。自分しか入れることができないので少し大変。

店をしめる片付け後に、

「愛。少しだけ待ってくれるかな?」

「わかったけどなるはやでね。」

「わかってるよ。」

さくらのことが心配でこうして仕事終わりに必ず行くようにしている。それを愛もわかっていて、必ず待っていてくれる。

時間はもうすでに6時を越しているがさくらの病室の前には下を向いた隼人がいた。毎日ではないが結構な頻度で閉店後隼人と会う。一応まだ中学生だから保護者が心配していないか気になる。ただ今日はさくらの保護者の方がいた。家族ぐるみで交流があるらしいので隼人の保護者には隼人がここにいることはおそらく耳に入っているだろう。

「渡邉先生。わざわざありがとうがございます。」

さくらのお母さんが話しかけてくる。

「いいえ。さくらは大事な生徒ですから。このくらい当然です。さくらの体調はどうですか?」

「峠は越えたみたいなんですがまだなんとも言えない状況らしくて。今朝、意識が戻りまして、これから面談ができるみたいなので先生もどうですか?さくらも喜ぶと思います。」

「いいえ自分は大丈夫です。さくらは自分より隼人と話したいことがあると思うので。その大切な時間を奪いたくないですし、自分が入ってしまうとさくあの体にも負担をかけてしまうかもしれないので。」

「良いのかよ?」

隼人が自分に話しかけてくる。

「良いさ。俺のことなんか気にしなくて。それに最後ってわけじゃないからな。さくらが治ったらたくさん話すさ。そんなことよりそんな顔でさくらと会うなよ。せっかく大切な人と話せるんだから元気付けてやらないと。」

「わかってるよ。」

「なら良かった。では自分はこれで失礼します。」

さくらの保護者に一礼して自分はその場から離れた。さくらと話さなかったのは隼人や保護者の方に気を使ったというのは半分正解で、もう半分はもうすでにさくらとはあの時話した。自分の言葉もさくらの言葉もお互いに届いていたから。