その夜、今日のことを引きずりながら夕食を作っていた。自分が骨折しているときに手伝ってもらったことで真心はある程度できるようになっていた。同じく手伝っていたはずの愛は全くダメ。にんじんの皮むきを頼むとどどこまで剥いたのかわからないのか何周もする始末。最終的には半分くらいの暑さになるニンジン。にんじんがかわいそうになる。
さくらの状況が頭の中から離れず集中力が足りていなかったのか料理中に珍しく自分は左の人差し指を切ってしまった。
「寛、大丈夫?」
隣で作業していた真心が珍しく大きな声をあげた。すぐに止血に入ったがかなり深く切ってしまって血がなかなか止まらない。すぐさま日向さんに母さんが連絡を取り、病院で縫うことになった。
「ずいぶん深く切ったね。」
日向さんが直々に処置をしてくれた。というよりも日向さんしか手の空いている人がいなかったらしい。元看護師の母さんのもとしっかりと止血はしたものの怪我は結果的に4針縫うことになった。
「めまいとかはない?しっかり止血はしてあったけど今縫ったばかりだからあまり動かせないと思うけど、激しく動かなければ日常生活には支障はないから。抜糸は1週間後かな。状態を見てからだけど。後は残るけど今体調が悪くなければ問題ないよ。菌も入ってないみたいだから。お母さんに感謝だね。」
「ありがとうございます。」
「そんな顔だからある程度状況は掴めたけど考えすぎないようにね。特に刃物は危険だから。」
自分がどんな顔をしているのか分からなかったが、おそらくみんなに心配されるような顔だということは確かだろう。
「夜遅くにありがとうございました。」
「はい。御大事に。」
自分は診察室を出た。診察室の外にはここまで連れてきてくれた真心が待っていた。
「大丈夫だった?」
「問題ないってさ。日常生活にも支障はないって。」
「そっかよかった。」
真心と手をつなぎながら帰路についた。もちろん右手で。途中集中治療室の近くを通ったときに自分は無意識に立ち止まってしまった。
「どうしたの?」
「ああ、なんでもないよ。帰ろっか。」
誤魔化すようにその場から少しだけ急いで離れた。
家に着くと、愛が心配している顔で駆け寄ってきた。
「そんな顔しないで。大丈夫だから。」
迎えてくれた愛の頭に右手を優しく置いた。食卓を見ると宅配ピザが置いてあった。
「頼んだんだ。」
「そりゃそうよ。食材はあんたの血で使い物にならなかったから。自分の血がたくさんついたものなんて食べたくないでしょ。それに私たち2人で作るより美味しいからいいでしょ。」
愛と並んで母さんが胸を張って笑顔で答える。自分としては2人でも美味しく作ってくれるようになってくれたら嬉しいのだが。
宅配ピザを食べ終わり、左手にビニール袋を巻きながら風呂に入った。骨折していた時より不便はないが急な縛りプレイはやはり不便には変わらない。骨折していた頃は真心と愛に体を洗ってもらっていたが少し恥ずかしかった。しばらくはあんな思いはしたくない。たまにはいいけど。
風呂から上がり、部屋でくつろいでいると真心が入ってきた。
「大丈夫なの?」
「指のこと?なら心配いらないって。しっかり日向さんに塗ってもらったから。」
「そうじゃ無くて。最近様子がおかしかったし、今日病院について行ったときに悲しそうな顔してたから。」
そう言えば、真心には話してなかった。父さんと母さんには話したし、花屋で働いている愛はどこからか自然の流れで耳にしていた。
「ごめん。言ってなかった。」
「許さない。私だって心配してるんだから。仲間外れにしないでよ。」
真心から聞いたことない声が響いた。少し涙ぐんでいるのも確認できた。真心だけが知らないという状況が嫌だったのだろう。急に声を荒上げたことには驚いた。今まで喧嘩がなかったわけではない。もうずいぶん長いこと一緒にいるが大きな声を出すことさえほとんどない真心がここまで感情的に声を出すことに自分は驚いた。
「少しくらい頼ってくれてもいいじゃん。私じゃ何もできないかもしれないし、気の利く言葉もかけることはできないかもしれない。でももう寛が傷つく姿は見たくないの。好きな人が日に日に弱っていくのを見るのは耐えきれないの。」
何を言っていいか分からなかった。純粋に真っ直ぐに気持ちをぶつけられた。冷静になればかなり嬉しいことを言われたが、真心をこんなにしてしまった罪悪感が増さった。最近こんなことばかりだな。
「そっちいくね。」
真心が近づいてきた。今まで見たことのない真心の変わりようから少し恐怖感があったが、それは一瞬の無駄な心配だった。
「寛は私にとって最も大事な人なんだから。どんなこと言われても、どんなこと考えていてもそれは絶対揺るがないから。重いって思っちゃうかもしれないけど寛のためならなんでもできるよ。大概のことも我慢もできる。でもあなたが傷ついているのを見るのだけは我慢できない。待ってるだけの私じゃないよ。寛が大怪我したときからずっと考えて決心したんだ。このままじゃダメだって。ずっとあなたのそばにいたいから。もちろん愛も一緒にね。」
椅子に座っている自分の前で正座して真心は言った。涙を拭って満面の笑みで。自分は我慢できず、真心に抱きついた。たった一つしか年齢が変わらないのに真心のことが今まで以上にすごく大きく感じた。
どのくらい時間が立ったのかは分からない。少しだけ寝てしまっていたのもあるが、ずいぶん長いこと真心の肩に顔埋めていた。覚悟は決めたと思っていたが実際に現実味を帯びてくると覚悟が揺らぐこともある。精神的にかなり疲弊していたのかもしれない。それから真心に今まであったことの顛末を話した。真心は何も言わず、ただ聞いていた。
「安心した。寛自身には何も無くて。」
笑って自分に答える。
「話してくれてありがと。でも、ごめん。やっぱり私には何も言えない。」
「大丈夫。覚悟はできているんだけど、いざってなるとどうしても。最悪の状況になるって決まったわけじゃないんだけどね。」
「仕方ないよ。寛はずっと細かいことまで気にしすぎてきたから。それが全部ネガティブな方向だから。いつも自分で言ってたじゃん。そういう性分だから仕方ないって。でも、そうなら尚更話して欲しかったな。私は寛より頭の回転も人の感情を読み取ることも得意じゃないけど誰よりも近くで寛のこと見てきた自信はあるから。寛は他の人の変化にはすぐ気付くし、どう思っているのかも敏感に感じることができるけど、自分のことになると誰よりも見えてないもん。無理して背負い込んだり、体調不良にも言われるまで気づかなかったり。ほんと笑っちゃう。」
部屋に入ってきたときの表情は何処へやらで、1人爆笑してる真心。自分には分からないが何か真心の笑いのツボに入ったのだろう。
「何そんなに面白いことあったの?」
真心の笑い声を聞いた愛が部屋にきた。
「それがね。」
今まで話してきたことを笑いながら話す真心。
「わかるわかる。」
愛も笑いながら真心の話に反応する。一通り話し終えると、真心が自分の方を向いて言った。
「ともかく、1人で背追い込まないこと。真っ先に私と愛に相談すること。この二つしっかり約束できる?」
愛も真心の話に合わせて自分の方を向き肯く。
「わかりました。約束します。」
「なら約束の印。」
真心の顔が寄ってきた。少しの間だが口と口が触れた。
「ああ、いいなお姉ちゃん。私も。」
真心のことを振り払って今度は愛と。
「2人との約束だからね。」
まだ積極的になることに慣れていないのか、真心の耳は真っ赤だった。
「それにしても積極的に慣れたじゃんお姉ちゃん。あんだけ悩んでたのに。やればできるんだね。」
「愛それは言わないでよ。」
「なになに?そんなんこと愛に相談してたの?」
はたから見れば違和感だらけの自分たちの関係だけど、これが自分たちのしあわせのかたち。改めて、真心たちに相談せずに1人で抱え込んできた自分を反省した。この2人といるときだけは嫌なこともつまずいていることも忘れられる。
「俺もっと頑張るね。あいつらにも笑ってほしいから。」
「頑張んなさい。もしつまずいたり悩んだりしたら私たちのところでぶちまければいいんだから。」
「そうだな。これからもよろしくな。」
「何改って。そんなんの高一の時に覚悟できてるよ。」
「私も。」
「そっか。」
それから、一緒にゲームをしたりバラエティを見たりした。明日のことなんか考えずに3人の時間を十二分に楽しんだ。3人で長い夜を一緒に過ごした。
さくらの状況が頭の中から離れず集中力が足りていなかったのか料理中に珍しく自分は左の人差し指を切ってしまった。
「寛、大丈夫?」
隣で作業していた真心が珍しく大きな声をあげた。すぐに止血に入ったがかなり深く切ってしまって血がなかなか止まらない。すぐさま日向さんに母さんが連絡を取り、病院で縫うことになった。
「ずいぶん深く切ったね。」
日向さんが直々に処置をしてくれた。というよりも日向さんしか手の空いている人がいなかったらしい。元看護師の母さんのもとしっかりと止血はしたものの怪我は結果的に4針縫うことになった。
「めまいとかはない?しっかり止血はしてあったけど今縫ったばかりだからあまり動かせないと思うけど、激しく動かなければ日常生活には支障はないから。抜糸は1週間後かな。状態を見てからだけど。後は残るけど今体調が悪くなければ問題ないよ。菌も入ってないみたいだから。お母さんに感謝だね。」
「ありがとうございます。」
「そんな顔だからある程度状況は掴めたけど考えすぎないようにね。特に刃物は危険だから。」
自分がどんな顔をしているのか分からなかったが、おそらくみんなに心配されるような顔だということは確かだろう。
「夜遅くにありがとうございました。」
「はい。御大事に。」
自分は診察室を出た。診察室の外にはここまで連れてきてくれた真心が待っていた。
「大丈夫だった?」
「問題ないってさ。日常生活にも支障はないって。」
「そっかよかった。」
真心と手をつなぎながら帰路についた。もちろん右手で。途中集中治療室の近くを通ったときに自分は無意識に立ち止まってしまった。
「どうしたの?」
「ああ、なんでもないよ。帰ろっか。」
誤魔化すようにその場から少しだけ急いで離れた。
家に着くと、愛が心配している顔で駆け寄ってきた。
「そんな顔しないで。大丈夫だから。」
迎えてくれた愛の頭に右手を優しく置いた。食卓を見ると宅配ピザが置いてあった。
「頼んだんだ。」
「そりゃそうよ。食材はあんたの血で使い物にならなかったから。自分の血がたくさんついたものなんて食べたくないでしょ。それに私たち2人で作るより美味しいからいいでしょ。」
愛と並んで母さんが胸を張って笑顔で答える。自分としては2人でも美味しく作ってくれるようになってくれたら嬉しいのだが。
宅配ピザを食べ終わり、左手にビニール袋を巻きながら風呂に入った。骨折していた時より不便はないが急な縛りプレイはやはり不便には変わらない。骨折していた頃は真心と愛に体を洗ってもらっていたが少し恥ずかしかった。しばらくはあんな思いはしたくない。たまにはいいけど。
風呂から上がり、部屋でくつろいでいると真心が入ってきた。
「大丈夫なの?」
「指のこと?なら心配いらないって。しっかり日向さんに塗ってもらったから。」
「そうじゃ無くて。最近様子がおかしかったし、今日病院について行ったときに悲しそうな顔してたから。」
そう言えば、真心には話してなかった。父さんと母さんには話したし、花屋で働いている愛はどこからか自然の流れで耳にしていた。
「ごめん。言ってなかった。」
「許さない。私だって心配してるんだから。仲間外れにしないでよ。」
真心から聞いたことない声が響いた。少し涙ぐんでいるのも確認できた。真心だけが知らないという状況が嫌だったのだろう。急に声を荒上げたことには驚いた。今まで喧嘩がなかったわけではない。もうずいぶん長いこと一緒にいるが大きな声を出すことさえほとんどない真心がここまで感情的に声を出すことに自分は驚いた。
「少しくらい頼ってくれてもいいじゃん。私じゃ何もできないかもしれないし、気の利く言葉もかけることはできないかもしれない。でももう寛が傷つく姿は見たくないの。好きな人が日に日に弱っていくのを見るのは耐えきれないの。」
何を言っていいか分からなかった。純粋に真っ直ぐに気持ちをぶつけられた。冷静になればかなり嬉しいことを言われたが、真心をこんなにしてしまった罪悪感が増さった。最近こんなことばかりだな。
「そっちいくね。」
真心が近づいてきた。今まで見たことのない真心の変わりようから少し恐怖感があったが、それは一瞬の無駄な心配だった。
「寛は私にとって最も大事な人なんだから。どんなこと言われても、どんなこと考えていてもそれは絶対揺るがないから。重いって思っちゃうかもしれないけど寛のためならなんでもできるよ。大概のことも我慢もできる。でもあなたが傷ついているのを見るのだけは我慢できない。待ってるだけの私じゃないよ。寛が大怪我したときからずっと考えて決心したんだ。このままじゃダメだって。ずっとあなたのそばにいたいから。もちろん愛も一緒にね。」
椅子に座っている自分の前で正座して真心は言った。涙を拭って満面の笑みで。自分は我慢できず、真心に抱きついた。たった一つしか年齢が変わらないのに真心のことが今まで以上にすごく大きく感じた。
どのくらい時間が立ったのかは分からない。少しだけ寝てしまっていたのもあるが、ずいぶん長いこと真心の肩に顔埋めていた。覚悟は決めたと思っていたが実際に現実味を帯びてくると覚悟が揺らぐこともある。精神的にかなり疲弊していたのかもしれない。それから真心に今まであったことの顛末を話した。真心は何も言わず、ただ聞いていた。
「安心した。寛自身には何も無くて。」
笑って自分に答える。
「話してくれてありがと。でも、ごめん。やっぱり私には何も言えない。」
「大丈夫。覚悟はできているんだけど、いざってなるとどうしても。最悪の状況になるって決まったわけじゃないんだけどね。」
「仕方ないよ。寛はずっと細かいことまで気にしすぎてきたから。それが全部ネガティブな方向だから。いつも自分で言ってたじゃん。そういう性分だから仕方ないって。でも、そうなら尚更話して欲しかったな。私は寛より頭の回転も人の感情を読み取ることも得意じゃないけど誰よりも近くで寛のこと見てきた自信はあるから。寛は他の人の変化にはすぐ気付くし、どう思っているのかも敏感に感じることができるけど、自分のことになると誰よりも見えてないもん。無理して背負い込んだり、体調不良にも言われるまで気づかなかったり。ほんと笑っちゃう。」
部屋に入ってきたときの表情は何処へやらで、1人爆笑してる真心。自分には分からないが何か真心の笑いのツボに入ったのだろう。
「何そんなに面白いことあったの?」
真心の笑い声を聞いた愛が部屋にきた。
「それがね。」
今まで話してきたことを笑いながら話す真心。
「わかるわかる。」
愛も笑いながら真心の話に反応する。一通り話し終えると、真心が自分の方を向いて言った。
「ともかく、1人で背追い込まないこと。真っ先に私と愛に相談すること。この二つしっかり約束できる?」
愛も真心の話に合わせて自分の方を向き肯く。
「わかりました。約束します。」
「なら約束の印。」
真心の顔が寄ってきた。少しの間だが口と口が触れた。
「ああ、いいなお姉ちゃん。私も。」
真心のことを振り払って今度は愛と。
「2人との約束だからね。」
まだ積極的になることに慣れていないのか、真心の耳は真っ赤だった。
「それにしても積極的に慣れたじゃんお姉ちゃん。あんだけ悩んでたのに。やればできるんだね。」
「愛それは言わないでよ。」
「なになに?そんなんこと愛に相談してたの?」
はたから見れば違和感だらけの自分たちの関係だけど、これが自分たちのしあわせのかたち。改めて、真心たちに相談せずに1人で抱え込んできた自分を反省した。この2人といるときだけは嫌なこともつまずいていることも忘れられる。
「俺もっと頑張るね。あいつらにも笑ってほしいから。」
「頑張んなさい。もしつまずいたり悩んだりしたら私たちのところでぶちまければいいんだから。」
「そうだな。これからもよろしくな。」
「何改って。そんなんの高一の時に覚悟できてるよ。」
「私も。」
「そっか。」
それから、一緒にゲームをしたりバラエティを見たりした。明日のことなんか考えずに3人の時間を十二分に楽しんだ。3人で長い夜を一緒に過ごした。