「あ、あの……これ。頬に怪我をしているから」
「あ、あぁ……ありがとう」
鬼龍院さんは、ハンカチを受け取ってくれた。
するとエレベーターが1階に止まった。
出口付近に来ると鬼龍院さんは、私の方を見る。
「ここから先は、タクシー呼ぶから君は、1人で帰るといい。
僕は、これから寄るところがあるから」
「は、はい。分かりました」
鬼龍院さんの用ってさっきの犯人達のことだろうか?
全部吐かせると言っていたし……。
そう思うと1人で帰れるってことにホッとする自分も居た。
タクシーを呼んでもらい乗り込んだ。
出発の際にチラッと鬼龍院さんを見ると、やはり悲しそうな表情をしていた。
その姿は、さっきの恐怖と違い儚げで、どこか切なそうだった。
まるで彼の方が傷ついているように見えた……。
タクシーが動き出すと離れて行くホテル。
私は、タクシーの後部座席に座りながら複雑な感情を抱いていた。
怖かったのに……何故こんなに心が痛むの?
その感情を私は、どうしたら良かったのだろうか。
複雑過ぎて自分でも分からなかった。
無事に帰ってこれたがその日は、恐怖やモヤモヤで、ろくに眠れなかった。
ベッドの上でずっと考えていた。
次の日。このモヤモヤした気持ちを奈緒にいつものように保健室で話した。
「はぁーっ!?何でよりにもよって、そんな大事な日に事件が起きるのよ?」
「そんなの知らないわよ……私に言われても」
私だって、まさか犯人がレストランに乗り込んで来るなんて思わなかった……。
今でも考えただけでも震えそうだ。
「しかし……あんたも不運ね。
あのまま上手く行っていたら今頃、腰が痛いだの股が痛いだのと言っていたかもしれないのに」