けれど紫音は嫌がる素振りひとつ見せず、凰理から目を離さない。

 そしてさらに凰理の顔が近づき、ごく自然な流れで紫音が目を閉じると唇が重ねられた。

 あれ、どうして私……。

 凰理を受け入れているのか。そもそもなにをしているのか。

 あれこれ考えるよりも先に、切なくてどこか懐かしい気持ちが胸の内からあふれ出る。

 長くて甘い口づけ。この感覚を紫音は知っていた。

「紫音」

 一度唇が離れ、凰理が紫音の名前を呼ぶ。それだけのことに紫音の胸が締めつけられる。このやるせなさはなんなのか。

 もっとしてほしい。そばにいて、離さないで。私のことを……。

 再び凰理が紫音に口づけようとし、紫音もその流れに身を委ねる。

 しかし、なにかが紫音の中ではじけ、彼女はとっさに腰を引いて凰理の口に自分の手のひらを押し当てた。

「わ、私……」

 我に返ったというのか、冷静になったというのか。羞恥と混乱、さらには熱で思考が上手く回らない。対する凰理は突然の紫音の態度に面食らう。
 
「なんで……」

 ひとり言に似た疑問は凰理に対してのものなのか、自分に対してのものなのか、紫音自身もよくわからない。

 そもそも自分の取った行動も理解できない。

 凰理は押し当てられている紫音の手を掴み、おもむろに自分から離した。そしてふっといつのも意地悪い笑みを浮かべる。

「そんなにショックなら一発くらい殴っておくか?」

 軽い口調で返され紫音は眉をつり上げた。お望みならそうしてやりたいところだが暴力は嫌いだ。それに自分の手だってきっと痛い。

「なにそれ。こっちは初めてだったの! 動揺くらいさせてよ!」

 つい紫音もいつもの調子で応戦する。