「ね、紫音。大丈夫なの?」

 足早に先に先へと進む紫音に実乃梨は声をかける。廊下は昼間なのにも関わらずどこか薄暗い。保健管理センターを訪れたのは入学して間もない頃に行われた健康診断以来だった。

「平気。心配かけてごめんね」

「そうなの? にしても驚いたよ。いきなり倒れたかと思ったら、すぐに風間(かざま)先生が駆け寄ってきて紫音を抱きかかえてさ」

 その言葉に紫音はピタリと足を止める。身長は百六十二センチと女子にしては背の高い紫音と百五十センチの小柄な実乃梨は並ぶとそれなりの身長差があった。

「もう色々な意味でオリエンテーションどころじゃなかった……って、なにその顔?」

「顔?」

 意味がわからず聞き返す。実乃梨は自分の目尻を指差し、つり上げる仕草をした。

「すんごく怖い顔。どこの魔王よ」

「私は魔王じゃない!」

 強く否定し、実乃梨の驚いた顔が目に入る。彼女はあくまでも冗談で言っただけだ。

「なに、どうしたの? 紫音、変だよ」

「……ごめん」

 紫音は素直に謝罪の言葉を口にした。いつもならさらりと聞き流せるのに、こんなのは自分らしくない。

「紫音」

 保健管理センターの玄関口に辿りついたとき、背後から声をかけられる。空耳を疑いたくなり、振り向いて今度は目を疑った。

「え、風間先生? なんで?」

 反応したのは実乃梨が先だ。話題になっていた凰理がこちらを目指してやってくる。凰理は実乃梨に目もくれず紫音の前に立ちはだかった。

「送っていくからおとなしく言うことを聞け。俺は利都からお前を任されたんだ。あいつの気持ちまで無碍(むげ)にするような真似はするな」

 もっともな言い分で叱られ、紫音はうつむく。状況についていけない実乃梨は紫音と凰理を交互に見た。

「え、え。紫音。風間先生と知り合いだったの?」

「……父方の親戚で」

 迷った末、結局は凰理の説明を自分も使っている。嘘をついている。小さな罪悪感は実乃梨の笑顔でさらに増幅した。

「そうだったんだ。ならお言葉に甘えて風間先生に送ってもらいなよ。珍しく本当に調子悪そうだし」

 今日はオリエンテーションのみで講義もゼミも明日からだ。おかげで、こうなてしまってはもう拒否できない。実乃梨の提案もあり紫音は小さく頷いた。