紫音にとって、なにもかも予想外の内容に頭が混乱してしまう。

 あんな表情で凰理との過去を振り返っていたのに、詩音から別れを切り出していたとは。しかも――

「好きなのに、ですか?」

「そう。好きなのに……ううん、好きだから、かな」

 詩音は黒に近いガトーショコラを食べながら、紫音の問いかけに頷く。

 理解できないのは、紫音に経験がないからなのか。お互いの気持ちが一番大切なのでは。

 考えが追いつかない紫音に詩音は微笑みかけた。

「でも、凰理に久しぶりに会ってわかったの。あのときは、やっぱりああするのがベストだったんだって」

 そう告げる詩音は強がっているわけではなく、晴れやかな表情だった。

 それから紫音の大学の話や詩音の仕事のことなど他愛ない話題で盛り上がりふたりはカフェを後にする。

 午後七時前になっても八月の空はまだ明るかった。

「詩音さん、ご馳走さまです。ありがとうございました」

「こちらこそありがとう。素敵なお店だったし、紫音ちゃんとお話しできて本当に楽しかったわ」

 詩音にお礼を告げ、紫音が先に改段を下りていく。一階の居酒屋も電気がついてオープンしていた。焼き鳥のいい香りが漂っている。

「ねぇ」

 大学の正門を前に、不意にうしろから声がかかり、紫音は振り向いた。

「紫音ちゃんは、本当に凰理とあまり交流がなかったの?」

 風に詩音の声が溶ける。彼女の真っすぐな眼差しに紫音は硬直した。

『風間先生は父方の遠縁であまり交流もなくて』

 先ほど答えた内容に対してだ。嘘はついていない。

 神代紫音としては、ついこの間再会を果たすまで凰理の人生と交わったことはない。