「同じ学部で何度か話したことはあったのに、凰理は私のことをまったく認識してなくて。告白したら返事の前に『お前、誰だ?』なんて言われたの。ひどい話でしょ?」

 感情をあらわにして同意を求めてくる詩音に、ここはどう返すべきなのか。

 曖昧に微笑んでいた紫音だが詩音がふっと息を吐き、打って変わって穏やかに笑ったので、その彼女の表情に目を奪われる。

 詩音は静かにソーサーにカップを置いた。

「だから、まさかOKもらえるとは思ってもみなかったわ。付き合ったら意外と大事にされるとも」

 愛おしそうに呟く詩音に紫音の心は波打つ。なにかが胸に詰まって、息を吸うことも吐くことも上手くできない。

 ふたりがどんな付き合いをしてきたのかは、まったくわからない。

 けれど詩音にとって凰理と過ごした時間や彼との関係がかけがえのないものだということは痛いほど伝わってきた。

「……なぜ、おふたりは別れてしまったんですか?」

 聞きたい、聞きたくない。相反する気持ちが紫音の中でせめぎ合う。

 自分にとってこの話題は毒だ。それなのに、どうして自ら踏み込んでしまうのか。

「理由は簡単。私は修士で卒業して就職したのに対し、凰理は博士課程に進んで、すれ違いが多くなったからよ」

 詩音の声はすっかり明るさを取り戻していた。学生カップルのよくある別れの原因のひとつとはいえ、経験のない紫音からはなんとも言えない。

 詩音は軽い口調を崩さずに続ける。

「私から別れを告げたの。彼のことは大好きだったけれど、こればかりはどうしようもないと思って」