先に部屋に行こうと足先をエレベーターの方に向けたときだった。

『やっぱり元カノに見られるのは嫌か』

 詩音の呟きに足が止まる。ちらりと彼女をうかがった後、視線を凰理に移すと凰理はなんともいえない顔をしていた。

 そこまでリアルに思い出し、紫音は頭を振る。

 いやいやいや。なにも驚くことはないでしょ。だって魔王よ? あの男に恋人のひとりやふたりや三人、もしくはそれ以上いたって別に……。

 驚きはしない。ならば数日経った今でもこうして思い出してはモヤモヤしてしまうのは、なんなのか。

 あの後、利都から詩音は凰理と同じく大学の同期だと聞いた。

 利都の恋人だろうかと想像したときは好奇心でウキウキしてしまったのに、凰理と関係があったと知って、どうしてこうも気持ちの持ちようが違うのか。

 なんで、私はあの男のことでこんなに振り回されているの?

 肩上で揺れる髪先にそっと触れる。詩音はまさに洗練された大人の女性といった感じだった。

 美人で儚げな雰囲気に長く柔らかそうな髪。おそらく仕事もできるのだろう。

 大手銀行に勤めているらしく凰理と話す姿は対等で、言い回しには余裕があった。

 たしかに、ああいう女性が魔王のタイプだったかも。

 その考えに至り紫音の思考は別のところに移る。

 なんで、別れたんだろう?

 少なくともふたりの様子を見た限り、お互いに嫌いあったわけではなさそうなのは、はっきりしている。

 とはいえ、そこまで込み入った話題などあの場で当然出るわけがないし聞けるわけない。

 紫音は我に返り、一度立ち上がった。

 もう考えるのは止めよう。私には関係ない。

 これ以上、魔王に振り回されるのは御免だった。一度冷たいものでも飲んで心を落ち着かせようと決め、紫音は冷蔵庫に足を向けた。