「紫音の初めての相手になれて光栄だな」

「その言い方やめて」

 今度はすかさず切り返す。

 やっぱり魔王は相変わらずだ。珍しく人が正直な気持ちを伝えたのに。

 軽く溜め息をついてシートベルトをはずす。そのとき頭に温もりを感じた。凰理の大きな手のひらが紫音の頭を優しく撫でる。

 とっさに振り払おうとした紫音だが、どういうわけか凰理の表情は嬉しそうで、切なそうでもあった。

 彼の表情に言葉どころか身動きもできなくなる。そのまま凰理の手が紫音の後頭部に移動し、ゆるやかに彼の方に寄せられた。

 凰理も紫音に身を寄せふたりの距離が縮まる。

 至近距離で目が合い、凰理の漆黒の瞳に紫音は金縛りにあったかのように動けない。

「紫音」

 どうしてこの男は、宿敵である自分の名前をこんなに愛おしげに呼ぶのか。それをどうして紫音自身も受け入れてしまっているのか。

 わからない。でも……。

 唇が触れ合いそうになった瞬間、ヴーヴーとスマートフォンのバイブ音が静まり返って車内に響く。

 そこで我に返った紫音は慌てて凰理から距離をとった。そしてすぐさま自分の頬を両手で覆う。

 な、なに今の? あのままどうなっていた?

 混乱する紫音をよそに凰理は舌打ちしつつポケットからなり続けるスマホを取り出し、顔をしかめたまま電話に出た。

「もしもし、どうした?」

 不機嫌な声などものともせず、向こうから飄々とした声が返ってくる。電話越しではあったが、相手の声に紫音は聞き覚えがあった。