「このまま帰ってもかまわないが、せっかくだ。気を使わない相手にもう少しわがまま言ってみたらどうだ? どこか言ってみろよ」

「そんな、急に言われても……」

 ハンドルをゆるやかに切りながら車はゆっくりと地下駐車場の出口に向かう。おかげで紫音は回答を焦った。

 悩んだ末、最近リニューアルしたと話題の展望台の名前を挙げる。市街を一望できる眺めは一度行ってみたいと思っていたが、山頂付近に設置されているため車がないと不便な場所にあった。

 記憶が正しければここから比較的近いはずだ。

 地下の薄暗さから一転し、車は駐車場から出るとひとまず大通りに出るため移動する。

 だいたいの場所はわかると凰理は言ったが、念のため紫音はカーナビに目的地を入力した。

 案内が始まり、次の行き先が決まって紫音はホッと座席シートに背中を預ける。

 ところが、すぐにある事実に気づき、勢いよくシートから身を起こした。

「ちょっと待って。べつに今から無理して向かわずに帰る選択肢もあったんじゃない?」

 むしろ、この車に乗り込むときは真っすぐ帰るつもりだった。

 凰理の突然のパスに戸惑い、駐車場から出るまでに行き先を決めなくてはと妙な焦りがあって案を出したが、そもそも前提がおかしいと気づく。

「行きたいならいいじゃないか」

 しれっと返され、ナビに従い車はマンションとは反対方向の展望台へ向かっていく。

 ここまでくるといくら凰理相手とはいえ引き返せと言うのも憚れた。

 紫音は諦めにも似た境地で再び座席シートにもたれかかる。