「紫音を甘やかしたかった。お前が楽しんだのなら俺としては十分だ」

 凛とした声はしっかりと耳に届いたはずなのに、一瞬なにを言われたのか理解できなかった。

 軽口で返すには凰理の声も表情も真剣そのもので、裏を読もうにも思考がうまく働かない。

「お前は昔から周りに気を使ってばかりで、自分の気持ちや意思を全部後回しにするところがあったから」

 凰理の言葉を否定できなかった。昔から、それこそ前世から紫音は必要以上に相手を優先してしまう傾向があった。

 勇者としてリーダーシップや決断力を発揮しなければならない場面があるもののだからこそ絶えず周りの人間に気を配っておかないとならない。

「まぁ、魔王以外にはね」

 肯定も否定もできず、結局紫音は憎まれ口を叩くしかなかった。魔王相手に見透かされているとは腹立たしいが、すべては己の未熟さだ。

 膝の上で握りこぶしを作っていると不意に頭に手のひらの感触がある。

「つまり紫音がわがままを言える相手は俺しかいないということか」

 口角を上げ意地悪そうに微笑む凰理に紫音は目を見張る。

「……どういう解釈をしたらそうなるわけ?」

 馴れ馴れしく頭を撫でられ不快感で顔を歪めるが凰理はものともしない。

 手を振り払いたくなったが、凰理があまりにも満足げな顔をしているので、ぐっと堪えた。どうせ言い返してもこの男には、無意味だ。

 頭から手が離れ、凰理は改めて前を向き、ハンドルを握る。

「他にどこか行きたいところはあるか?」

「え?」

 シートベルトを締めおえた紫音に隣から質問が投げかけられる。尋ね返すと、凰理は車の時計に目を遣った。時刻は午後三時を過ぎたところだ。