「ごめん。今日はもう別の用事を入れちゃって……」

 立場が逆転し、紫音が心苦しく謝罪する。ところが返ってきたのは脱力しそうなほどの喜々とした声だ。

『そうなの? なに? デート?』
 
「違う、デートじゃない!」

 反射的に否定する紫音に実乃梨が笑う。

『そこまでムキになって否定しなくてもいいでしょ。わかった、また今度改めて買い物行こうね。今日は本当にごめん』

「大丈夫、またね」

 実乃梨とのやりとりを終え、紫音は再び店内に戻ろうとするが、自分の行動がどうもスッキリしない。

 ここで食事を終えてから実乃梨と合流したっていいはずだ。そもそも今日はそのためで出てきた。時間もそこまで遅いわけじゃない。

 けれど……。

 凰理の待つ席に足を向けて気づく。彼は遠くからでもよく目立つ。すらっと長い足、姿勢よく伸びた背筋。

 本人は特段意識していないのだろうが、まるで隙がない。整った横顔に釘付けになっている女性客も少なくない。

 食べるのに夢中であまり気にしていなかったが、凰理に集まる視線は相当なものだ。

 同じテーブルについていたことが、少しだけ恥ずかしくなる。凰理とは反対に、紫音は注目されたり目立つことが苦手だ。

 肝心の凰理は、こんな状況には慣れているのか、まったく意に介さず先ほどの書店で購入した本を開いていた。

 そのとき、不意に凰理と目が合う。紫音を視界に捉えると、凰理はすぐに本を閉じた。

 おかげでぎこちなかった紫音の足取りは一転、足早に席に戻る。